イチローの「ザ・スロー」が覆い隠したもの(その1)
(2014/6)
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これは、直接的には野球の話である。しかし、実際はそれをはるか超え、私たち日本人の「からだの使い方」の特徴を、くっきり照らし出した話ではなかろうか。
スポーツはもちろん、武道や、舞踊などにさえ、通じているような――。
なぜ、内野手のみが……
日本のプロ野球界からメジャーリーグへわたり、あちらで衆目を集める活躍をした「投手」といえは、パイオニアである野茂英雄をはじめとして、いろいろな顔が思い浮かぶ。
外野手も、いちばんの成功者であろうイチローや松井秀喜の顔がすぐ浮かんでくる。
しかし、内野手となると――かなりの人数がメジャーリーグへ行っているにもかかわらず、そのような活躍を続けられた選手はいない。
これは、奇妙と言えないこともない。というのは、からだの大きさやパワーにおいて白人や黒人にどうしても一歩、二歩ゆずる日本人の、スポーツにおける強みは、敏しょう性(アジリティ)や、プレーのち密さであるということがよく言われるからである。
サッカー少年だった頃があるので、私はどうもまずサッカーの場合が頭に浮かんでしまうのだが――。
日本のサッカー選手が、欧州のチームへどんどん引きぬかれる時代になった。
そこであちらの監督や経営陣などが、彼らのどんな点を評価しているのか、コメントを聞くと、やはり上のような長所がしばしば語られている。
体の頑丈さや高さを売りにする選手は、すでに向こうにごっそりいるのだ。
なでしこジャパンの試合などは、そうした民族的個性のショーケースのようなものだろう。
実際のからだの使い方からすると、サッカーよりは例えばバレーボールなどのほうが、野球にずっと近いスポーツといえよう。
そこで、世界のなかで日本がどのような特長で戦ってきたかといえば、革命的な捕球法であった回転レシーブの発明、徹底した反復練習によるムダのない動き、選手相互の正確な連係……日本人の持ち味がどんなところにあるかということが瞭然である。
こうした日本人の良さが、野球にあって最もハマりそうなポジションといえば、セカンドやショートだ。
そこでは、ホームランをがんがん打つパワーは要求されない。ピッチャーやファーストと違って、小柄さが不利になる面もあまりない。
必要なのは、まさに敏しょう性、堅実さ、選手間のきっちりした連係といったものである。
成功例が少ないといえばキャッチャーも同様だけれど、ここは投手とのコミュニケーションの必要上、言葉の壁が大きなハンディになり、そもそも一人しかメジャーへ渡っていないのだからしかたがない。
その唯一の人、城島健司は、きわめてホームランが出にくい球場を本拠地にしつつ、ホームランを初年18本も打ち(ちなみに松井秀喜の初年は16本)、盗塁阻止率も高かった。
もともと勝負強い選手であり、コミュニケーションの問題から出場チャンスが減ることさえなければ(あちらは、出るキャッチャーをピッチャーが選んだりするからたいへんだ)、松井秀喜級の活躍をした可能性もあったのではないか。
肉体面での「日本人的ハンディ」などというものは、そこでほとんど感じられなかった。
しかし、ほかならぬ内野手にあっては、この肉体面での「日本人的ハンディ」が、どうも決定的にあるようなのである。
しかもそれは、プレーにおける有利/不利などというレベルを超えて、もっと危険な意味合いを持っている。ダイレクトに選手生命に関わってくるような――。
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