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 「アメリカン・インディアン」「ブリティッシュ・インディアン」と呼ばれる人々がいる。
 大英帝国が「北アメリカ」「インド」へそれぞれ攻め込み、征服した相手であり、いわゆるインディアンとインド人だ。

 上の話でフレディが「アジア人」と呼ばれているのは、彼の両親が「ブリティッシュ・インディアン」(=インドの人)であることによる。

 クイーンに”White Man”(白人)という曲がある。白人の侵略に対する怒りを、アメリカン・インディアン(レッド・マン)の目線で描いた曲。

 私は当初、これを歌うフレディをホワイトマンと思っていたから、米国でインディアンを虐殺した英国人の、自責の歌のように感じていた。
 作ったのはブライアン・メイなので、それに近い発想の曲と思われる。

 けれども、これをフレディが歌っている。インド人/アフリカ人どちらであるにせよ、アメリカ・インディアンと同じような立場(英国に征服された民族)である彼が。

 フレディが、英国人との肌の色の差を気にしていたという先ほどの話を聞いて、彼はいったいどんな気持ちでこの歌詞を歌っていたのだろうかと思った。
 フレディがこの曲を作ったのなら、むしろ話はとてもすっきりしているのだけれど――ここには奇妙なねじれがある。

昔の自分と決別しようとしたフレディ

 上述の伝記には、英国でバンド活動を始めたころ、フレディが抱いていたコンプレックスについてさまざまな証言が記されている。

 たとえば、英国での生活にあって、フレディは自分の肌の色だけでなく、眼の色(黒色)も気にしていたという。そのため、前髪を伸ばして眼を隠すようにした。

 冒頭に書いたアンケートは、メンバー各人に眼の色を尋ねている(上の話を知ると、よせばよかったのにと感じてしまうが、当時は気を遣いようもないこと)。
 フレディの答は「リキッド・ブラウン」。日本人に近い眼の色だ。

 ちなみに髪の色は「ミッドナイト・ブラック」。すなわち「真っ黒」で、これも私たちと同じ。
 1975年に日本へ降り立ったフレディは、顔の凹凸ぐあいはかなり違うけれど、色彩的には何となく近しさを感じたかもしれない。

 英国へ渡る前のフレディの生活がくわしく伝えられるようになったのは、彼が亡くなった後のこと。彼はバンド仲間にさえ、むかしの話をしたがらなかったそう。

 また、ザンジバル時代の友人が後にクイーンのコンサートへ行き、何とかバックステージへ入りこんでフレディに話しかけたところ、知らん顔をされたという。

 古い友人との接触を嫌ったのは、フレディが学歴を偽っていたことと、あるいは関係があるかもしれない。
 公表された経歴で、フレディは英国の「Oレベル」試験――義務教育を終えるとき受ける試験――において、優秀な成績を修めたとされていた。

 しかし、実際にはインドでは、受験学年へいたる前に落第してしまい、義務教育の途中で学校を退学していたのだった。
 その後、生誕地(アフリカ)で残りは補ったそうであるが。

美形の理科系脳にかこまれて

 クイーンは、英国のロックバンドには珍しく、高学歴メンバーで構成された集団である。
 ロンドン大学で宇宙工学を専攻とか、メディカル・カレッジをへて生物学で学士号とか、ロンドン大学で電子工学を学んで首席卒業とかいうのが、他の3人の状況。

 新人バンドは、「売り」や特徴を求められる。クイーンの場合、「メンバーが高学歴ぞろい」というのが一つそれになっていた。

 フレディの経歴について、事実でない広報がなされたのは、上のような他メンバーの状況に因っていたと言われている。
 フレディが自ら嘘をついたならまだしも、広報サイドの圧力で詐称を強いられたのだとしたら気の毒なことだ。

(このころの英国の学校試験に関して、ついでに――。
 名曲「ボヘミアン・ラプソディ」が発表(1975年)された2年後、パンクの原点である「セックス・ピストルズ」が彗星のように現われ、ロック界を席巻した。

 パンクというと「学校の授業なんぞ嫌い」イメージがあるが、ピストルズを率いたジョニー・ロットンは、大学進学の学力を問う「A(アドバンスド)レベル」試験で、「全優」的な成績を収めたという。

 もっとも、彼も英国においてフレディ同様、民族的な意味で差別を受けた人であった(このあたりは、前に「才女たちの縁(えにし)」というトピックでくわしく書きました)。

 クイーンもピストルズも、「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」という曲をアルバムに入れているが、それを演奏して逮捕されるなぞということが起きたのは、当然ながらピストルズの方だけであった。

 生粋の英国人なら、イギリス国歌と同タイトルの曲を、編曲ならともかく新たに作ることには、そもそも大きな心理的抵抗があるだろう。
 日本のバンドが「君が代」というタイトルで異曲を作るようなものだ。
 ジョニー・ロットンは実際、愛国者に刺されさえしている。)

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