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ジョン・レノンの追悼曲でフレディが引用したフレーズ

 ジョン・レノンのファーストアルバムに入っている「マザー」と、クイーン「オペラ座の夜」に入っている「ボヘミアン・ラプソディ」の関係について、先ほど私見を書いた。

 この両アルバムのなかに、じつは昔からもう一つ、影響関係がある気がしてならない曲があるのだ。

 いずれも、レコードのB面2曲め(この言いかたは今や通じにくいけれど)に置かれていた、「ラヴ」(ジョン)と「ラヴ・オフ・マイ・ライフ」(フレディ)である。

 両者はタイトルが似ているのみならず(後者は、「わが人生の」が後ろに足されているだけ)、作品の作りも瓜ふたつ。

 静かなビアノで曲が始まったのち、アコースティックギターの音色が重ねられ、はかないボーカルが入ってくる。
 ジョンとフレディのラヴ・バラードの、どちらも名曲中の名曲である。

 フレディにあって「ラヴ」こそ、ジョン・レノンといえばまず頭に浮かぶ曲だったのかもしれない――そんなことを思ったのは、ジョンが撃たれて亡くなったときのことだった。

 フレディは、ジョンの死を受けて”Life is real”という追悼曲を書いた。
 これは「ボヘミアン・ラプソディ」冒頭の、あの”Is this a real life?”というフレディらしい問いかけを思い出させ、彼にとって「リアル」やその逆の「プリテンド」といった言葉は、本当に人生のキーワードだったのだなと感じる。

 同時に、この”Life is real”というフレーズは、ジョンの「ラヴ」冒頭の、”Love is real...”という歌詞をもじったものだ。フレディはこのフレーズを歌うときだけ、裏声でジョンの「声まね」をしてみせる。

 「歌に社会的メッセージを入れるといったことは、自分の性に合わない」と話すフレディが、その種のメッセージ曲が多かったころのジョン・レノンを好むというのは、先述のように初め不可解であった。

 けれども、ジョン・レノン追悼曲で彼が「ラヴ」の歌詞を引用しているのを聴いて、フレディはジョンのこうした曲(Loveを主題にした、繊細で深みのある、時には赤裸々すぎるほどの心情吐露の歌)が感覚的にドンピシャだったのだろうと、腑に落ちたのである。

 フレディの「ラヴ・オフ・マイ・ライフ」に、ジョンの「ラヴ」の影を感じたのは、まあそうしたわけなのだ。

 ジョン追悼曲“Life is real”の後半では、このフレーズが、“Life is cruel”(人生は残酷だ)、”Life is a bicth”(人生は嫌になるほど難しい)と変形されていく。
 ジョンが殺された事件を受けての言葉であるとともに、ここにはフレディ自身の人生観が顔を出しているように思えてならない。

ジョン・レノンを音楽界復帰させたフレディ

 「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」という、クイーンが初めて全米シングルNo. 1を獲った曲がある(年間ランキングでも6位の大ヒット)。
 私は長年、この日本語タイトルを見る/聞くたび悲しい気持ちになるのだが、その理由はあとで述べる。

 風呂(バスタブ)に長くつかることを好んだフレディが(この点もわが国と親和性がある)、湯のなかで着想し、アルキメデスのごとく跳び出してタオルだけ巻き、「ギター」を手に5~10分で作ったそうである珍しい曲。

 彼はギター・コードを少ししか知らないのでシンプルな作りになったが、それが初の全米No. 1曲に。
 初期クイーンのサウンドから、とてつもなく遠い曲といえよう。

 この曲がヒットしたころ、ジョン・レノンは主夫(ハウス・ハズバンド)として家事や子育てをし、音楽活動から離れていたが、この曲を耳にして復帰を思い立ったという話がある。

 そのあたりについて、ロジャー・テイラーが「すばらしいことだ」とコメントしているのだけれど、「もし事実なら」と慎重に言いそえていて、その信憑性を私はちょっと疑っていた。
 この話を紹介する人が、英米人でも多くがロジャーのコメントを根拠にしており、大元ソースを明示する人が見当たらなかったためだ。

 しかし、今回幸い、ジョンのオリジナル・インタビューを探し当てることができたので、関連部を訳してみたい。
 ジョンは「今の音楽は好きだよ」と言い、いくつかのバンド名(パンクを含む!)を挙げたのち、次のように語っている。

「カムバックするのに、今は完璧なタイミングだ。クイーンがエルヴィス風の曲(「愛という名の欲望」)をやっていたときに、初めて何が起きているのか気づいたんだ。『俺の時代がまた来たぞ』って思った。」

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