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手塚治虫の肩の上に立って

 こういう話だけ紹介して終わりにするのは何だから、手塚治虫というクリエーターのすごさについても、少し書きたい。

 この「漫画の神様」の、神様たるゆえんは、ただマンガ黎明期からたくさんの名作を描いたことだけにあるのではない。
 神様のように、漫画界に「創造」的激変をもたらし、いまのマンガ全体が載っかる大地を創った人なのだ。

 「漫画」には、漫才や漫談と同じ、「漫」の字が使われている。絵で、こっけいなものを作り、読者を笑わせる。漫画は手塚以前には、基本的にそのようなものであった。

 1950年代からずっと手塚治虫を担当した編集者が、次のようなことを語っている。

 手塚が出現して以降、単に笑えればいいモノだった漫画が、むしろ「ストーリー」を表現する媒体に変わった。

 それだけでなく、従来の漫画では絶対にタブーだった「悲劇」を、手塚は漫画の世界に持ち込んだ。手塚自身は、これを自分の最大の功績と考えていたという。

 漫画はこの革命家以降、いわば、「小説」の価値をも大いに取りこめる媒体に変貌したのだ。
 それゆえ、他の国なら小説の世界へ進むような才能が、日本ではマンガ界にごっそり流れ込むようになった。

 このジャンルは手塚治虫によってこそ、「漫画」という字が似合わない、もっと広大で漠とした「マンガ」になったのだと思う。「漫」の字と、悲劇ほど、方向が反対なものはないのだ。

 そして、外国にはこれに相当するものなどないから、マンガはそのままどの国でも「MANGA」と呼ばれている。


 それだけではない。手塚治虫は漫画を、「映画」がもつ価値をとりこめる媒体にする上でも、大きな役割をはたした。

 手塚が18歳のとき描いた「新宝島」という長編漫画は、当時のおおぜいの子供たちに衝撃を与え、たとえば藤子不二雄は、それを次のように表現している。

 「今にして思えば、この本を手にしたことによって、僕の運命は決まったのだ。
 本文のページをめくって、僕は目のくらむような衝撃を感じた。

 見開きの右ページの上に“冒険の海へ”という小見出しがあって、その下の一コマに、鳥打帽を小意気にかぶった少年がオープンスポーツカーを右から左へ走らせている。

 左ページは三段三コマにきってあって、一番上のコマでは、波止場と書かれた標識の前を車が手前から奥へ走っていく。

 ニコマ目は右に海の見える道をこっちへ向かってバーンと車がクローズアップ。

 三コマ目は波止場でロングショット。画面右から左へ車はきしむように走っているが、運転していた少年はまさに車から飛び降りようとしているのだ。

 この間、セリフもなければ擬音も一切無い。それなのに僕は、ギャーン!!と稔るようなマシーンの轟音を確かに聞き、スポーツカーのまきおこす砂塵に確かにむせんだのだ。

 こんな漫画見たことない。二ページ、ただ車が走っているだけ。それなのに何故こんなに興奮させられるのだろう。まるで僕自身、このスポーツカーに乗って、波止場へ向かって疾走しているような生理的快感を覚える。

 これは確かに紙に印刷された止った漫画なのに、この車はすごいスピードで走っているじゃないか。まるで映画を観ているみたい!!」(藤子不二雄「二人で少年漫画ばかり描いてきた」)

 もう少し、この漫画によって人生を変えられた、のちの巨匠たちの言葉をひこう。

 「そんな時、手塚治虫が『新宝島』という単行本を大阪の出版社からだしました。ハッとするほど新鮮なものでした。ぼくはいっぺんでファンになってしまい、それからは夢中で手塚マンガばかりさがすようになりました。
 思えば、この『新宝島』との出会いがボクをマンガ家にしたようなものです。」(石森章太郎「少年のためのマンガ家入門」 ←当時はまだ「ノ」なしの石森)

 「ところがそんな毎日を送っていた六年生のある日、小さな貸本屋でみつけた、手塚治虫先生の『新宝島』は全く新鮮なショックでした。
 子供心にも、今迄数多くみてきた漫画とはまるで違った、テンポの軽快さ、絵の斬新さを強く感じました。」(赤塚不二夫「シェー!!の自叙伝」)

 要するに「新宝島」が無ければ、「ドラえもん」も、「仮面ライダー」も、「バカボンのパパ」も、この世界に存在しなかったかもしれないということである。

 いま、大人気だそうだから、「おそ松さん」もここに加えることにしよう(ギャグマンガの場合、古のキャラを茶化して復活させられるのは強みだな)。

 さいとうたかを(シリーズ巻数ギネス記録の「ゴルゴ13」でおなじみ)もまた、新宝島を見て「あっ、紙で映画を作れる!」と思い、漫画界へ入ったとインタビューで語っている。

 「新宝島」にショックを受けた人々には、漫画界のみならず、のちの絵画界、小説界の巨匠たちもいる。

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