東西の絵の達人が分かち合うもの
フェルメールがこの三色をくっきり使っている絵には、おもしろいことに、とびきりの名作が多い。
先ほど紹介した「牛乳を注ぐ女」もその一つであった。これは、比較的初期に描かれた絵だが、ここではこの絵と、もう一つ、「レースを編む女」という晩年の傑作をならべて見てみたい。
離れた時期の作品であることもあり、ペアにして論ずる人は見かけないけれども、私は何となく一対に感じている作品である。遠い時期の作品だからこそ、かえって、フェルメールという画家を貫いているものがよく見てとれると思う。
まずは、「3現色」に注目してみる。
「牛乳を注ぐ女」の、人物の服の色は、上から白・黄・青・赤となっている。原色の、じつに大胆な重ね方だ。
一方、「レースを編む女」もまた、人物の白・黄の服の下に、青系の物体が二つならべられ、その下に、「色」が目的で大きくとび出させているとしか思えない赤い糸がある。
色の並び方が同じなのは偶然であろうが、いずれの絵も、下方の赤あたりは、それを入れる目的のためだけに入れている印象があって、この画家独特のセンスを感じる。
二つの絵はまた、「色づかい」とは別の点でも、ある「フェルメールらしさ」を、共に端的な形でふくんでいると思う。
私はそれをここで、「焦点」という言葉で表してみたい。これは、私たちが絵を見たときに、意識が自然にそこへ引きつけられてしまう点というほどの意味である。
「牛乳を注ぐ女」と「レースを編む女」をならべると、鏡で左右反転させた二枚の絵のような印象を受ける。人物の姿勢が、どことなく似ているせいもあるが、むしろずばり、二人の人物の「視線の注ぎ方」ゆえである。
どちらの絵も、絵のなかに強烈な一つの「焦点」をもっている。
それを「牛乳の糸」および「編み物の糸」と呼んだらふざけて聞こえるかもしれないが、フェルメールはこうした微細なものを選び、絵のなかの人物の目をそこへ注がせ、そのことで結局、鑑賞者の目をしっかり引き寄せているのである。
必ずしもフェルメールの絵にかぎらず、名画はしばしば、絵のなかにこうした巧みな焦点をふくんでいる。周りに描かれているものが、みなでその点を焦点たらしめているような――。
そうした構成が絵に「磁力」をもたらすということを、画家たちは本能的に知っているのだろう。
他の画家へまであまり脱線するわけにはいかないけれども、一つだけ、あえて非西洋の卓越した実例をあげてみたい。
おそらく世界で最もよく知られた日本の絵、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」である。
ここに描かれた「波」は、もちろんそれ自体が美しいのだが、同時に、波のあらゆる部分――波頭の水しぶきの散らせ方なども含め――が、この絵の焦点である「富士山」を最高にきわだたせる形状をしている。
この絵から富士山を消したら、絵全体がバランスを失ってしまう。それはこの絵の波の形状がすべて、富士山との関係で決められているからなのだ。
「牛乳を注ぐ女」に描かれているメイドは、いわば、北斎の絵のこの「波」である。
それ自体、絵としてとても魅力があるのだが、同時に、絵の焦点をくっきり浮かび上がらす「従者」の役割も果たしている。
このメイドは、自らの「視線」だけでなく、自らの三原色の衣服によっても、牛乳の白をきわだたせている。
描かれている人物こそかなり異質だが、周囲に置かれた青・黄・赤が「白」を浮かび上がらせ、印象的な焦点にしているという意味で、「牛乳を注ぐ女」と「真珠の耳飾りの少女」という二つの代表作には、まったく同じフェルメールがいるといえるだろう。
「真珠の耳飾りの少女」の場合、少女の白い瞳がこのようにパッと鑑賞者の目をひきつける理由は、じつに三段重ねになっていると思う。
すなわち、「人物の背景を黒にする」、「くっきりした三原色を白の周りに配する」、そして「眉をもたないふしぎな目もと」――最後の一つは、並べて挙げるのは妙だけれど、実際に明らかに効いている。
私の言う「焦点」というのは、意味(「視線」の場合のように)、色彩の対比、形状の対比などによって作られる、一つの絵を平板で印象薄きものにしない、カンバス中の「核」みたいなものだ。
人間ならぬ、絵画の「目ぢから」とでもいったらいいか。
意味不明な表現になってしまって恐縮だが、「形」や「色」の場合で明らかなように、優れた画家が美的感性でやっている魔法のようなものだからしかたがない。
フェルメールの、絵の「焦点」づくりの巧みさは、彼のとびきりの作品すべて――絵の中央に置かれたあの印象的な「天秤」だとか、手紙に注がれた「青衣の女」の視線だとか――に通底している。
逆にいえば、それがない(というか少ない)作品は、魅力の方も、これらほどには感じられない。
私は、フェルメールの手腕がこの点で最も鮮やかに発揮された絵は、「真珠の耳飾りの少女」、「牛乳を注ぐ女」、およびこの文の最後にふれる「デルフト眺望」の三つだと思う。
「デルフト眺望」は、フランスの作家プルーストが「この世で最も美しい絵」とまで絶賛した、風景画の大傑作である。
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