Site title 1

お知らせ(2014/10/2):
 本サイトの、スマホ向けの表示を改善しました。スマホをお持ちの方(でPCでいま見ている方)は、そちらでものぞいてみてください。

 ウェブサイトの作りをiPhone向けに最適化すると、Androidスマホでおかしくなることがあるとか、タブレットはまた事情が違うとかややこしい話を耳にするので、時間ができたら調べてイジろうと、読みにくい状態で放置していました。

 今回、さまざまなハードを見て変えることができたので、これでおおかた問題ないだろうと思います。

 それにしても、ネットなどで見かける「スマホ向けサイトの推奨文字サイズ」というのは、人生の後半にいる人々には過酷な小ささだなぁ。推奨している人たちがみな、まだ小さい字が苦にならないためだろうけど……。

 いまや年配層も、あの手この手の攻勢でガラケーからスマホ世界へ移住させられている(大家さんはみな、家賃が高い部屋のほうへ店子を入れたい)。
 商業サイトからしたら、そうした層こそ日本にあって人数割合が大きく、財布のヒモも緩めな人々ではなかろうか?
 子供たちは、大枚をはたく「大人買い」なぞ滅多にしない。

 iPhoneもついに大型化へ舵を切ったことだし(ジョブズは天国で怒っているでしょうが)、新聞や文庫本の読者配慮にならって、基本文字サイズをもうちょっと大きめにしてほしいものです。
 「ピンチアウト」機能が、実はそんなに単純な解決にならないのはご案内のとおり。

 スマホ表面をピンチアウト/ピンチインすると、スマホ自体が大きくなったり小さくなったりすれば一番いいけれど、そんなのはドラえもん世界のテクノロジー……。いや、球体おテテのあの猫には、ピンチアウト/ピンチインなんてぜんぜん便利じゃないか。


ツブヤキ(2014/7/22):
 気づいた方もそうでない方もあったようですが、「まいどばかばかしいおはなし」の表紙は、日本最古の漫画とも言われる、「鳥獣戯画」をベースにしています。そのなかの、一番有名な絵ですね。

 色を付け、少々手を加えたので印象が変わっていますが、元の絵ならほとんどの方が、「ああ、これは(教科書などで)見たことがある」、でしょう。(キーワード「鳥獣戯画」で、画像検索でもしてみてください)

 むかし、「漫画の神様」手塚治虫が、この絵を絶賛して語っているテレビ番組がありました。それを見ているときに、ウサギの位置を少し変えると、ポーズの意味がガラリ変わるなと思ったのが、この「ばかばかしい会話第0話」の端緒です。

 実際は勝ちほこっているカエルの表情(今でいう「どや顔」ですな)が、この絵だけ見たときには、むしろ謙虚な「つつしんでお受けします」に見えませんか?

 ちょっと笑っているようなウサギの表情もなかなか良く、私はこの絵が好きなのです。

 スマホサイトの方には粗い画像を貼っているので、顔つきまでわからないと思いますが、可能であればPCサイトの方で絵を拡大してみてください。本サイトがPC/スマホを手動切替にしている理由の、ささいな一つはこれだったりします。(むろん、原画のほうを拡大できればさらに良いですが)

 「まいど~」は続巻を考えており、これからも彼らには表紙でいろいろくだらない会話をしてもらいたいと思います。描き手も実はよくわかっていない鳥獣戯画ですが、元来こっけいを意図して描かれた絵なので、後世の者のお遊びはむしろ喜んでくれるでしょう。

 この絵をめぐっては書きたいことが他にもあるので、いつか「あれこれ考える」の方にまとめるかもしれません。

 それにしても、近代マンガの絵はつい50年前の作品でもひどく古くさく見える一方、800年以上前のこの絵は、ちょっと色彩を加えると途端に生き生きとよみがえり、最近だれかが書いたもののようです。

 紙が貴重でそんなに描画の練習なんかできない時代、アタリの線も入れずサラリと描いた絵がこの出来なんだからすばらしい。日本人の画力は大昔からよく「冷えて」いたんですね。原画の細部を、現代の画像ツールで拡大してながめるほどに、描いた人のみごとな手際に驚きます。


ツブヤキ(2014/5/17):
 将棋のプロ棋士とコンピュータがたたかう「将棋電王戦」。春の土曜の恒例行事になってきた。見られるときはちらちら見ている。

 2010年に情報処理学会が、「名人に伍する力のコンピュータ将棋ができました。いざ勝負」と日本将棋連盟に「挑戦状」(フデ書きのすごいやつであった)を送り、これに当時の米長邦雄会長が「不遜な態度」「いい度胸をしている」(原文のママ)と、やはりフデ書きの手紙で応じたころは、かなりけんか腰の空気が漂っていた。

 米長会長は、コンピュータとの対戦者として、清水市代女流二冠(当時)を指名した。「名人? 女流棋士のトップで勝てると思いますよ」と、いわば見下ろす感じで応じたわけだが、清水二冠にしたらこれはつらい役回りだったろう。

 勝っても、別に名誉にならない一方(コンピュータの進歩がまだ十分でなかった、でおしまいであろう)、負ければ、将棋連盟を代表して出た者が、史上初めてコンピュータに敗北したという出来事になってしまう。
 将棋ファン以外の注目も集まり、人間の側は大きなプレッシャーにさらされるが、コンピュータはぜんぜん緊張などしないのだ。

 すでに、「棋士」(正式に言うところの)も大勢負けている現在からは、あのときのお初のヒリヒリした空気は想像しにくいのだが――。

 辞退することもできたのに、イヤな役目をあえて背負い、着物姿でアウェイの地・東大工学部へ出向いてウルトラ・コンピュータと戦った清水さんは、辞退して不敗ですんだ場合よりかっこよかったといえよう。

 700近くもコアをつないだマシン上で、当時の最強ソフト四つが合議で最善手を選ぶという強烈なシステムを相手に、ナマミの頭ひとつで善戦するさまを見ていると、むしろ、人間の脳力のすごさを感じずにはおれなかった。

 もちろん、そんなコンピュータ棋士を作り出した人々の脳力だって讃えなければ、片手落ちになるが。

 将棋連盟がおつきあいする相手が、不遜な(??)情報処理学会から、ニコニコをモットーとする情報組織に変わったせいか、その後はじまった「将棋電王戦」に、決闘めいたピリピリ感は漂っていない。
 昨年の「第2回」は、ついに現役の棋士が出場し、5人が五つのソフトと個別に戦うというものになった。

 それにしても、昨年と今年、たった1年の差で、星取り結果もほぼ同じなのに、場の雰囲気(名物の画面浮遊コメントも含めて)が大きく変わったことを感じる。

 コンピュータに現役棋士が初めて敗れた昨年は、「棋士の黒星」が何といっても衝撃の点であった(大盤解説の聞き手の女流棋士が、負けが決まったとき泣いてしまったほどだった)。

 しかし、今年の場合はむしろ、コンピュータを負かした棋士(一人だけだったが)が、「よくやった」とファンの大喝采を受けていた印象が強い。

 遠い将来、今という時をふり返るなら、両者の力関係が入れ替わる、まさに歴史的な瞬間を目撃していることになるのかもしれない。今回、コンピュータに敗れた棋士のなかには、名人クラスと対戦して時には勝つレベルの棋士が含まれていたからだ。

 コンピュータに最初に敗れた棋士は不名誉な思いだったろうが、将来、先読み計算のいっそうの高速化でマシンの強さが圧倒的になったら、「最初」がどの棋士だったかなんて、だれも興味を感じない事柄になるだろう。

 むしろ、大きなリスクが存在するなか、あえて勝負を挑んだ勇敢な棋士たちという印象で、昨年の5人などはふり返られるのではなかろうか。

←新しい日付  戻る  古い日付→