アーム筆入のCMをもとに、この踏んづけを思いついたのかどうか、むろんわからない。しかし、あのころの日本の小学生が、お年寄りさえ話題にしていた「ゾウが踏んでも」CMの衝撃から自由であれるとは思われぬ。
松村会長の心にも、「割れやすそうな物なのに、〇〇が踏んでもこわれない」「すごい!」といった、子ども時代のインパクトは刻まれていたはずだ。
会長は、ルーペのCMをどのような内容にするか、初め広告のプロに委ねたが、ありきたりの案ばかり出してくるので自ら指揮をとることにしたという。
ルーペをお尻で踏んで強度を視聴者に伝えるなどというのは、光学商品の高性能アピールとしたら本筋から外れている。
「イスにメガネがのっかり、座面も見ずに人が座る状況なんて、どんだけあんだよ。そんな特長に時間をさいてどうする!」と、プロの広告マンならただちに却下するだろう。
そもそも、商品が尻で踏まれる絵づらなんて、スポンサーが激怒するぞとふつうは考える。
人はなぜ、その商品を買うのか
今度の件であらためて思ったのは、CMを見て人がその商品を買いたくなる理由は多様だということである。テレビで商品が、直球でばかり自己長所をアピールにするさまに、私たちはいくぶん飽きてもいる。
むろん、商品に他がもたぬ特別な効能があれば、CMでその点を強調することは王道だ。
しかし、たとえば子供の「筆箱」は、まったくそのようなモノではない。機能で、他とくっきり、差別化を図ることは困難だ。
かといって、ひたすら安さを追えば消耗戦。
そこで、機能でも安値でもなく、サンスターのゾウのような発想スケールをもつ人物が敢然と走った方向が、「無駄なすごさのインパクト」であった。
この商品は、建材や運送器具でなく筆箱であるが、何と1トン半の重量に耐えるという。小学生だと、クラス全員でもこの重さに達しないと思う。
この商品を買った子どもは、丈夫な筆箱が切実にほしくて買ったのではない。実用性とはさして関係ない方向の、異常な高性能の衝撃にひかれて、買ったのだ。
クラスメートも、「あっ、これがあのアーム筆入なのかっ!」「踏ませろ!」と群がった。あれ、値が張る上に使いにくかったとしても、たぶんヒットしたと思う。
文房具のCMに、ふつう起用しようとは考えないゾウを使った発想の勝利。
遊び心のサンスター文具は、「スパイ手帳」なんてのも販売してたなぁ。テレビで「スパイ大作戦(ミッション・インポッシブル)」がヒットしていたころ。
商品の対象年齢は、たぶん全く重なっていないけれど、ハズキルーペという商品にも、フデバコに似たところがある。
同様の機能をもつ商品が、中国製をふくめ他にいろいろあって、値段は格段に安かったりする。じつはCMが話題になる前から私はハズキルーペを使っていて、そのあたりよく知っている。
軽くすっきりしているため、ハズキ製品を選んだのだが、字が拡大されればとりあえずはよく、「これでなくては」という気持ちは薄かった。
しかし、あのCMを見て、「そんな秘めたる能力があったのか」と、手持ちの物体を見直したことは言うまでもない。
とはいえ、見かけはゴツくないので、ちょっと踏んでみる勇気はもてないでいる。
ルーペは燃えているか
このハズキルーペのCMに対し、コラムニスト・矢部万紀子(元朝日新聞/週刊朝日記者)が、「ハズキルーペの絶叫・ミニスカCMはなぜ炎上しない?」という文章を書いていた。
「(CMを)見るたびにイラついた」「私は嫌いです」と、オブラートなく書かれているように、批判的な視点の内容である。
「なぜ炎上しない?」というタイトルからうかがえる、「炎上しておかしくない内容なのに」という思いは、私には意外なものだった。
矢部氏は、私ときっかり同じ年の生まれゆえ、世代的なギャップはゼロ。ギャップがあるとすれば……。
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