Site title 1

変化する天井、しない天井

 イギリスの労働者階級の状況は、時がたっても差別が小さくなる傾向がほとんどない点で、人種差別/性差別/マイノリティ差別などより、タチが悪いといえるのかもしれない。

 1970年代半ばに、パンクというシンプルで直情的なロックが英米に登場した。
 パンクを代表する人物といえば、「セックス・ピストルズ」――これ以上下品なバンド名は、なかなか思いつけない――の中心人物、英国のジョニー・ロットン(本名:ジョン・ライドン)である。
 彼がインタビューで、次のような意外なことを語っていた。

 パンク・ロックの旗手であり、権威を激しくののしる歌手というと、「学校、くそくらえ」的な人物を想像しがちである。

 しかし、実のところ、ジョン・ライドンは子供のころから勉強が好きで、中学以降ひどい不良になった後さえ成績はトップクラス。
 イギリスには大学進学の学力を表す「GCE・アドバンスド・レベル」という学力認定があるが、彼は英語や英文学など5科目で、A~Eにおいて最高グレードAをとったという。

 英文学がAというのは、かなり文学青年だったということだろう。
 もともと3~5科目に専門を絞って取りくむものなので、要するにライドンは入試科目「全優」だったということだ(今と当時でシステムが同じであればだが)。

 しかし、自分の生まれ(労働者階級、アイルランド移民)では、どれほど学業に励んでも、ケンブリッジやオックスフォードといった大学へ進む道は閉ざされている。
 イギリスで労働者階級に生まれたら、人間扱いされず、いくら努力しても死ぬまで社会の底辺でもがくしかない――ライドンはそう語る。

 彼は、英国女王をからかい批判する曲――ものすごく過激な内容――を歌い、暴漢に刺されて死にかけたりする。しかし、女王本人が嫌いなのではなく、女王が権威の象徴だから攻撃したのだと語っている。

 あのビートルズも労働者階級の出身だ。上流階級を揶揄した歌や言葉、女王をからかった曲などをもつゆえ、ビートルズを「穏やかなピストルズ」と形容してもいいだろう。

変われ、変えろ

 先ほどビートたけしの「赤信号、みんなで渡れば……」を思い出したのは、最初のほうで書いた山崎ハコの曲「青信号」からの連想でもあった。

 あそこで、この曲と、英国ロック初期の曲「ハイウェイ・スター」を対照させたことを、突飛と思われたかもしれない。

 「ハイウェイ・スター」は、タイトルから想像できるように、「誰もオレの車に追いつけないぜ」「オレの車は音速を超えるぞ」という、ぜったいスピード違反をしている、暴走族的な解放感のうただ。うっぷん晴らし、反抗をむねとした、じつにロックらしい曲である。

 これに対し、山崎ハコはまじめであり、赤信号をにらんでさんざんシャウトしても、無視して渡ったりはしないのだ。
 しかし、両曲からは、拘束をバーンと外したいという、解放欲求のようなものが同じくらい強烈に伝わってくる。

 青信号へ「変われ!」「変えろ!」とくり返し叫ぶサビには、明らかに爽快感があり、それゆえアレンジャーが、あんなハードロック・サウンドへアレンジしたのだろう。
 二つの歌は、そうした意味では真に似ているのである。

 ジョン・ライドンは表現者/うっぷん者として「過剰」をかかえた人だ。
 山崎ハコには、彼のような、他者や体制への攻撃性はない。しかし、ファーストアルバムには、別の過剰さがすごくある。

 女子高生の手になるいくつかの曲の、「酒」連呼をふくむ、メーター振りきり感(歌謡曲なら、完全にレッドゾーン)には、飛ぶにあたって、「すごいの、かましたろ」といった、ライドン性が少し入ってなかったろうか。
 それが、作品の強い引力に(あるいは聴き手によっては斥力に)なっている。

 ジョン・ライドンは、山崎ハコより1歳上という年齢。だから、「中・松」世代ときっかり重なる世代のミュージシャンといえる。あとの話のために、「矢野顕子より1歳下」という言いかたもしておくことにする。

 パンク・ロックの旗手と、彼女たちが生まれた時期を同じくするというのは、どちらも一種の解放者であり、音楽界に大きな変化をもたらした存在である点でおもしろい。

最初へ 前頁へ  1 2 3 4  (その5)へ続く