お腹、貸します
個人的に、大阪の象徴のように感じている建造物がある。
それは、通天閣でも、大阪城でも、太陽の塔でも、巨大グリコランナーでも、くいだおれ太郎でも、あべのハルカスでも、京橋グランシャトーでもない(こんなにしつこく並べなくてもよいが)。
大阪駅からほんの数百メートル行ったところにある、「ゲートタワービル」という丸ビルなのである。
ビルの形じたいは、通天閣や、大阪城や、太陽の塔とちがって、別に目をひく特別なものではない。
すごいのは、丸ビルのドテッパラに穴が開いていて、そこを、阪神高速が貫通していることである。
この場所にどうしてもビルを建てたい地権者と、高速道路を通したい阪神高速、いずれも譲らず何年もモメたが、そのうち阪神高速が、ビルの一部の階だけの所有なら土地代を出さずにすみ安上がりと考えたりして、ああいうものができたという。
背中どころか、お腹の貸し借りをしているオドロキの互恵関係。
冗談みたいなこの構造で、実際に合意してしまうのもすごいし、ただ「仕方なしに」というのでなく、そこにちゃんとソロバンが入っているのもすごい。
あと、こんなビルが建ったら「おもろい」という感覚も、ここにはきっと少し入っているな。
このゲートタワービルにおいて、阪神高速は、「テナント」という扱いになっているという。フロア案内のボードにも、地上16階のうち、5~7階は「阪神高速道路」と書かれている。
高速道路が、その経路の途中でビルのテナントになっているという状況はすごい。これほど、大勢の人がめまぐるしく出入りするテナントも世にないだろう。
フロア案内をさらに見ると、屋上(R)はヘリポートになっている。何と多機能なビルであろうか。
屋上にはヘリポート、ドテッパラには道路。いっそ、あのビルまで淀川から運河を掘って、船も着くようにできないのだろうか? 「海陸空」ゲートタワービル。
このビルはその見かけの特異さから、海外でもけっこう話題にされている。ビルの写真がネットに上がり、広々した土地に生きるアメリカ人が、これを「日本ならでは」の光景だと感嘆していたりする。
しかし、けっして「日本ならでは」ではないと、私は思う。
建物が密集している地域の多さ、土地の有効利用の必要性という点で、東京は大阪以上である。
けれども、ビルのお腹に道路を貫通さすような構造物が、東京のどこかに出現する可能性があるとは思えない。
ああいう、見たとたん頬がゆるんでしまうような、「大丈夫なの、いろいろ?」と感じてしまう外観のビルは、東京だと、行政などが地権者をどこまでも説得して、断念さすだろう。
首都高は、「土地を買うより安上がり」であることにちょっとひかれて、ビルのテナントになったりしないと思う。
私はこのあたり、何度もふれてきた、あの「かに道楽」の大ガニに通じるものを感じるのである。
ああした物体を店の前面に張りつけ、足までユラユラ動かそうという着想は、ジョーク的に頭に浮かぶことはあっても、関西以外だと、なかなか実行まで至らないだろう。
「ふざけすぎだ」「おもしろいけど、いくらかかると思ってんだい!」と、どこかで誰かが止めると思う。
店の前を通る人々を、「びっくりさす」「笑かす」ことに、とてつもない情熱がある感じがする。
ほかにも、巨大フグとか、巨大タコとか、巨大な「握り寿司と手」とか――どうも道頓堀の川には、動物成長ホルモンが流れているようですな。
小さな長屋から日本一のタワーまで
驚くべき建築物といえば――ここでどうしても、ふれずにはおれない人物がいる。大阪出身の世界的人物のひとり、建築家の安藤忠雄である。
安藤氏は、学校は工業高校までで、大学で建築の教育を受けていない。
建築の勉強どころか、氏は十代のころ「プロボクサー」であって、初めて海外へ行ったのはボクサーとしてだったという。
しかし、独学をかさねて、最終的には東大の建築科教授になり(現・名誉教授)、ハーバード、イェール、コロンビアなど、アメリカのトップ大学からも客員教授に招かれた。フランスの建築アカデミー大賞を受賞し、日本の文化勲章だけでなくイタリアの勲章まで受けている。
あの東京スカイツリーの、デザイン監修者でもある。
この安藤氏の、初期の有名な作品に、「住吉の長屋」(大阪市住吉区)というのがある。
細長い、せまい土地に建てた住居で、その中心部、1/3ほどが、上部開放の中庭になっている。
それゆえ、2階の寝室から1階のトイレへ行こうとすると、雨の日は傘が必要になるという、小さな一軒家として尋常でないおうちになっている。
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