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 以上をふまえて、私はここでこういう巨大なお願いをしてみたい。誰にかというと――。

 歌舞伎町のビルの上に、巨大ゴジラ像が作られた。すぐさま街のランドマークとなり、それを見に来る人(外国人観光客を含む)でにぎわっている。

 これに対し、新宿の反対の位置で、地球的なものをシメているという自負をもって、アキバのほうは、街に巨大なガメラ像を建ててほしい。

 どこに建てるかというと、いまやアキバ名所の一つになっている、巨大ヨドバシカメラの上にである。
 像の前に大きく、「ヨドバシガメラ」あるいは「Yodobashi Gamera」というネームプレートを付けて……。

 くだらないシャレであることは、論を待たない。しかし、仮にそうした像が建てられ、アキバのランドマークと化したなら、そこに現実的価値が生じるだろうと思う。

 すなわち、いま歌舞伎町のゴジラ像に起きていることと、よく似たことである。

 定番の撮影スポットになって観光客・買い物客を引きつけ、未来の顧客たる子供たちに受け、外国人にも受け(後述のように、実はガメラも海外でかなり有名)……。

看板娘より威力を発揮する看板走者や看板動物

 新しくできた歌舞伎町のゴジラ像を見たとき、妙なことだが私がすぐ連想したのは、同じ日本を代表する繁華街、大阪ミナミ(道頓堀)の、巨大な「グリコ」ランナーと巨大なカニであった。

 こう書くだけで、日本中の人が「ああ、あの物体」と頭に絵が浮かぶだろう。
 あれは、そこそこの費用で莫大な宣伝効果を生むという点で、恐ろしく働き者の看板だ。

 テレビ(全国ネット)はよく、大阪ミナミの何かを紹介するとき、「私はいま、ミナミに来ています」ということを瞬時に伝えるため、ファーストショットであの「グリコ」や巨大ガニを映す。

 それゆえ、日本中の人があれを知るようになっている。もちろん、「グリコ」や「かに道楽」の社名と一緒にだ。

 仕事だとか旅行だとかでミナミ近辺へ行くと、「実物をいちど見てみたいな。どんな大きさなんだろう」と、あの前へ行きたくなる。

 メーカーやお店が、テレビに宣伝を依頼したわけではない。テレビのほうは、「おもしろいもの」「当地らしいもの」を撮るという純粋な自己都合で、あの物体をまいど映している。

 それが宣伝となり、これらは街の「象徴」にまで達し、人々を引き寄せている。あるいはお菓子の販売に貢献している。

 いわばPR世界における、「てこの原理」を見るようだ。小さな力で、すごく大きなものを動かしてしまっている。

 のっぺりした四角いビルなぞが、このような働きをすることはありえない。
 こうした観点で、何といっても効果抜群なのは、見て瞬時におもしろい、生き物――怪獣や人間を含む――の巨大像であろう。

 歌舞伎町には、今まさにそうしたオブジェが建ち、すぐさま「特級のランドマーク」になって、人々を呼び込んでいる。

 朝日新聞によると、ゴジラ像が建って以来、「近寄りがたい印象の強かった町に、これまで見られなかった女性グループなどが増え」、地元は「ゴジラが来て街が変わった」と歓迎しているという。

 「ゴジラが来て街が変わった」という出来事は、ふつう恐ろしい惨事なので、これはたいそう珍しいことである。

 ゴジラ像により「女性」の姿が増えるというのは、ゴジラ映画の客席の男女比を知っている私には、「風が吹くと桶屋がもうかる」ほどふしぎな話なのだが、これが現実なのだ。

 これまで、恐い印象で女性客をあまり見かけることがなかった「夜間」まで、女性客が増えたという。歌舞伎町のトータルな印象を、ゴジラはがらりと変えたのだ。

 日本の「モンスター」は、西洋のようにおぞましいクリーチャーでなく、むしろ「ゆるキャラ」に近い――そんなことを以前書いたが、ゴジラが女性客を吸引する原因もそのあたりにあるのかもしれない。

 近ごろ、暴力団の抗争に関係して、テレビのニュースで歌舞伎町が取り上げられることがあるが、ぜんぜん関係ないのに、ゴジラ像が冒頭でけっこう映されているのが可笑しい(しいていえば「バイオレンス」つながり?)。

 あの像はすでに、メディアにも歌舞伎町のシンボルととらえられつつある。

 ゴジラ像から、大阪の「グリコ」ランナーや巨大ガニが連想されたのは、こうした「街の象徴性」&「抜群の働きの集客性」ゆえなのである。

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