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バランスと差異

 脱線が過ぎた。話を戻すことにする。

 薬師寺の塔で、両者がバランスよく立つさまとともに、私がもう一つ魅力を感じるのは、西塔と東塔の外観が同じでなく、異なっていることである。
 古い新しいの差だけでなく、緑色の窓の有る/無しのせいで、全体の印象にかなり違いがある。

 コピーみたいな物体が両側に立っていてもつまらないのであって、同じくお寺で目にする仁王像や狛犬(口開け/口閉じ)のように、二者がバランスよく並びつつ、個性が違っているところがいい。

 私はこれらの塔を見るたび、「緑の窓と赤の対比が鮮やかでいい」「いや、窓無しの白壁のほうが、すっきりしていて美しいか」と、好むほうが入れ替わる。
 いや、仮にどちらかが審美的に上であろうと、一方へそろえないほうがいい。

 薬師寺の塔の場合、ここまでの外観の差は必ずしも「わざと」でなかったようだが、仁王像や狛犬に見られる「違ったもので作られる天秤バランス」は、古来、日本人の「このような姿がいい」という感覚にぴたりフィットするものだったのではないか。


 たまたまの歴史的経緯から、日本という国じたいも、先ほど東西対抗という両者「張り合い」イベントにふれたけれど、今ほぼ東西のバランスがとれた状態で存在している。

 もとより「対抗」と言っても、いま朝鮮半島の南北に存在しているような深刻な対立がそこにあるわけではない。

 千葉県出身の掛布雅之が、阪神で頭角を現してミスター・タイガースになったり、大阪出身の上原浩治が巨人の大エースになったりすることを、別に誰も何とも思わない。
 一般の人も同様に移動しあっており、有ったほうが張り合って活気が生じるといった程度の「対抗」なのだ。

 しかし、最近の首都圏への人の集中ぶり、その進行を見ると、上記のようなバランスがジワジワ崩れつつあることを感じる。

 たとえば、個人的に何となく、西日本において「人の吸収地」なのだろうと想像していた大阪、神戸、京都といった府県が、実はいずれも人口減少府県に属しているというのは、意外なことだった。

 逆に、神奈川、埼玉、千葉といった東京の隣接県は、出生率じたいは低いながら、人口増大県になっている(千葉県は、年によるが)。


 私たちがことさら意識しない事だけれど、あたかも、コンパクトな物へ価値を詰めこむのが上手な日本製品のように、日本の国土は面積のわりにきわめて豊かである。

 列島の真ん中に、均整のとれた美しい富士山が高くそびえていて、列島の片側の端には、海外のスキーヤーを魅了するような北の地がある。

 北海道が日本にあるおかげで、私たちは地平線を360度見わたせるような、アメリカ大陸ふうの広い大地を国土のなかに有している。

 もう片方の端には、ハワイやグアムと似た意味で人があこがれる気候をもつ島々がある。

 まさに異なるものによる美しいバランスが、わが国には存在しているのだ。

 国土がぐるり海に接し、海岸をもたない県は少数でありながら、日本アルプスと命名されるような山岳もある。

 広さ的に大国でないのに、こうした亜寒帯~温帯~亜熱帯、あるいは山と海との価値を抱いている国は、世界でも珍しいだろう。
 多様な自然の恵みをふくむ一方で、人が住むことが困難な場所はほとんどない。

 1億という人口からすれば、わが国の国土面積は小さめである。日本の人口密度は、米国の10倍以上、ロシアの40倍以上、人口13億人の中国に比べてさえ、2倍以上。

 ところがこの、国土価値的にきわめて多彩で、広さ的にかなり小さな国で、日本人は住み場所をどんどん一点集中させていっている……。

必然に見えても、必然でない

 一極集中的なあり方が、効率が非常に高く、このような姿へ進んで行くのが必然かといえば、そんなことは全くないのである。

 たとえば、米国という、いま世界一でいちばん栄えている超大国がどのようなあり方をしているか、ちょっと考えてみる。

 この国の、第一に名が頭に浮かぶ都市というと、たとえばニューヨークであろうか。
 東海岸にあるこの街は、金融、商業、文化、娯楽などの中心地(あるいは「中心地の一つ」)である。

 一方、政府、議会、最高裁などが置かれている地は、首都のワシントンDCで、こことニューヨークの距離は400キロ弱。
 両者はちょうど、東京と大阪くらい離れた場所にある。

 かの地には新幹線などないから、もっと互いに遠くにある印象だろう。

 米国を代表する大学はどこにあるか?
 ハーバード、MITといったトップ大学はボストンにある。ニューヨークとボストンの距離も、ほぼ東京-大阪くらい。
 イェール大はまた、上記のいずれとも違う場所にある。

 米国で人口が最も多い州はどこか? 西海岸にあるカリフォルニア州である。2番目に人口が多い州はどこか? 南部にあるテキサス州だ。3位に、東のニューヨーク州が来る。

 大陸の中央部にも、シカゴという元気な大都市がある。
 長く米国を代表する産業であった自動車のビッグ3は、内陸の別の都市、デトロイトで生まれた。
 近ごろいちばん活気がある産業地域、シリコンバレーは西海岸……。

 みごとなまでに機能、重みが分散している。このような状態で、国としてぜんぜん問題がないのである。
 日本の、東京の現在のありようは、「必然」ではないのだ。

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