Site title 1

 ただ、当然といえば当然だが、スピルバーグは「原子怪獣現わる」のほうも見ている(後に自らの作品に、この映画をオマージュ的に挿入していたほどである)。ゴジラの動きを「滑らかだ」と感じたのは、この映画との比較でもあったろう。

 両者を数年ちがいで観たとすれば――とりわけ「原子怪獣現わる」と、娯楽シーン中心の「怪獣王ゴジラ」を比べて見たとすれば――「うちの国の映画と、ずいぶんいろいろ似ているなあ」とも感じたはずである。

 実は、結局「エメリッヒ版」つまりジラとなったあの米版ゴジラ制作のとき、ハリウッドでまず監督として白羽の矢が立てられたのは、他ならぬスピルバーグだったそうだ。

 彼はゴジラ映画に敬意を表しつつ、この依頼を断っているのだが、「原子怪獣現わる」大好き少年だった彼としては、この第二の「原子怪獣」映画=「ゴジラ」には、複雑な思いもあったのではないだろうか。

 あの「ジュラシック・パーク」は、ハリウッドの娯楽マスターの、恐竜映画「アメリカ本家意識」が作らせた映画でもあったような気がする。

 ゴジラ第一作には、企画の段階では「海底二万哩(マイル)から来た大怪獣」という題名がつけられていた。

 ちなみに、「原子怪獣現わる」の原題は、”The Beast from 20,000 Fathoms”である。Fathomは水深の測量単位で、長さは日本の「尋(ひろ)」にあたり、これを和訳すれば、「深度二万尋から来た野獣」といったところか。

 要するに、両映画の関係は、「影響」というより、少なくとも出発点は米→日「翻案」に近かったのだ。

 二つの映画は、「七人の侍」(日)と「荒野の七人」(米)のような太平洋スライド関係にもなりえた。
 そんな形で海を渡らなかった理由の一つは、当然ながら、ゴジラのもう一方の根っこが、「ビキニ環礁での米→日被災」だったことだろう。

 「恐ろしい怪物」から「子供のアイドル」までこなしたフシギ怪獣ゴジラは、そもそも誕生時からとても矛盾的な存在だったのである。

 こと娯楽的なストーリー面で、ゴジラ映画がキラキラし始めるのは、アイデアとユーモアに満ちた脚本家、関沢新一が第3作「キングコング対ゴジラ」で加わってからだ。

 ここでもキングコングという米国スターを借りてはいるが、お話はオリジナリティに富んだ実に楽しいものになっている。

 その後は、大和のヤマタノオロチを源泉とするキングギドラや、すでに主演スターだったモスラ、ラドンといった「とんでる奴ら」がゴジラと一緒に暴れ回るようになり、西洋に類を見ない映画世界になっていく。

 これら三怪獣が、米版ゴジラの次作に、なんとそろって登場するという。

 ちなみに「ラドン」には、欧米では「ロダン」という、怪獣フィギュアを自分で彫りそうな名前がつけられている。
 「モスラ」は、もともと英語のモス(蛾)由来だからそのまま。
 「キングギドラ」は、子供が覚えやすいよう縮めたのか、シンプルに「ギドラ」である。

 次作で三匹ぜんぶ出さずとも、今回の映画のように「小出し手法」(エドワーズが語るようにこれは「ジョーズ」=スピルバーグ直伝)を採れば、すでに制作が決まっている次々作、その次と、末長くお客さんを集められそうな気もするが――そういう余分な印象はともかく、次の作品で、ハリウッドがまた驚くべき映像ジャンプを見せることは確実だ。

 実のところ、身体の作りが複雑なキングギドラこそ、着ぐるみやピアノ線による操作でなく、ハリウッドの最高のデジタル技術がもっとも効果的な怪獣であろう。

 モスラも、成虫のほうなら、ケンランたる映像美になりそうだ。幼虫のほうだと、リアルで気持ち悪くなりそうだが。

 ラドンは、派手なキングギドラと共演するとどうしてもかすむので、できれば第2作は地球産のラドンとモスラのコンビだけ出してやり、第3作で三つ首スター・キングギドラを加え、その次はメカゴジラあたり……などと、自国スターの扱いをおもんばかる妄想は膨らんでいく。

 それはそれとして、ゴジラ映画一つとっても、日本と米国のあいだを、かようにブーメランが行ったり来たりしているのである。

最初へ  前頁へ  1 2 3  (その4)へ続く