妻 でもそんな機能まで付いてるんじゃ、お値段もすごいんでしょ?
店員 もちろん、けっして安くはないですけど、日々のお掃除からずっと解放されることを考えれば、とってもお得だと思いますよ。
いま、特別試用キャンペーンをやってましてね。無料で2週間、ご自宅でルン坊を試していただけるんです。あとで感想をレポートしてもらえれば、ご購入にならなくてもいいんですよ。
夫 そうですか――おもしろそうだから、ちょっと使ってみようか?
妻 そうね、ほんとにダンスのルンバの参考にもなるかもしれないし。
店員 ありがとうございます。それでは、あちらのデスクで手続きを……。
あ、ひとつ大切な御注意があるんですが、このルン坊を動かしてるときは、家の窓はすべて閉じておいてくださいね。
生体は識別できますけど、家の内部・外部という識別はできないんで、外へ出て街のお掃除を始めちゃいますから。
夫 そりゃたいへんだ。
店員 まあ、これが人に危害を加えることはないので、事故や問題が起きる心配はないですが、高価な品物なので、紛失防止ということで。
妻 わかりました。窓を閉めて使うようにします。
(試用の申し込みをする客)
(数日後、ルン坊が宅配便で家にやってくる。
段ボール箱の外側に、ハタキとホウキを持ってポーズを決めたルン坊の絵が描いてある。それをケゲンな顔で運びこむ宅配業者)。
夫 (箱を開けて) ああ、掃除用具一式も付属してるんだ。今どき、ふつうの家にハタキなんかないもんな。
どうせならこいつ、こんな道具じゃなくて、掃除機を持てるようにすりゃいいのに。
妻 コードの付いた掃除機なんか引いてたら、ルンバを踊りにくいんじゃないの?
夫 いくらルン坊ったって、ダンスがメインなのは本末転倒だろ。
ええと、これがさるぐつわか……。
(胸のところにある電源スイッチを押すと、ロボットがガタガタ動き出し、自力で立ち上がる。
家のなかをぐるり見回し、コンセントを見つけ、走り寄ってしゃがんで充電を始める。
時々ちらちら、二人のほうに目をやる)
夫 「あいつら、生体だぞ」と思ってるんだよ。
妻 この坊や、仕事に備えてるつもりなんだろか、楽しいダンスに備えてるつもりなんだろか?
(実際に掃除を始めると、物の扱いがていねいで手ぎわがよく、ダンス姿も美しいので、すっかり気に入る二人。
しかし、連日動かしているうち、次第に気のゆるみが……。
試用期間も終わりに近づいた、ある天気のよい日の朝)
妻 (ルン坊を1階で使いつつ、2階でくつろいでいたが、ハッとして立ち上がる)
しまった、換気で窓開けたまま、ロボット動かしちゃった!
(あわてて階段をかけ下りる。どの部屋にも、ロボットの姿がない。
まさかと思いつつトイレも大きくノックしてみるが、そこにもいない。
家の周りを探しても姿が見えず、ぼうぜんとする)
妻 わぁ、遠くへ行っちゃったみたいだ。どうしよう!
(急いで取説で電話番号を調べて、メーカーに連絡する)
(それから4時間後。ロボットが消えた家から、1キロほど離れた所にあるコンビニ)
店員A あれ、外で変なやつが、うちのゴミ箱にゴミを捨ててるぞ。
店員B あ、ほんとだ。大きなビニール袋で捨ててやがる。
(自動ドアを開けて外へ出る)
店員B おい、おまえ。うちで買ったんじゃないゴミを勝手に捨てるな! 家まで持ち帰れ。
ルン坊 お掃除するぞぉ!
(店員に近づき、顔にハタキをかけまくる)
店員B うわ、何だこいつは! この真っ赤なハタキは何ごとだ?(逃げようとして、つまずいてひっくり返る)
ルン坊 お掃除するぞぉ!(パタパタ)
店員B ぐええ! げほげほ。
(ロボットが行方不明になった知らせを受け、現場に駆けつけたルン坊メーカーの社員)
社員 まったく、技術の連中はおもしろがってあんなの開発するけど、物損事故なんかが起きたら、頭下げて回るのはみんな俺たちなんだからなぁ。
ぜったい外へ出ないやつ開発してから、売り出せばいいのに。
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