Shall We Dance?
(とある家電量販店のフロアを歩いている夫婦客。掃除機の売場で、ルンバを目にする)
妻 あ、これ、すごく便利みたいよ。ゆかの上を自分で勝手に動き回って、掃除してくれるっていう。
夫 動いてるとこ、オレも見たことあるよ。でも、うちは狭いし、物をごちゃごちゃ置いてるからあんまり意味ないだろ。
妻 ゆかだけじゃなく、家全体の掃除をやってくれるやつがあればいいのに。
夫 そんなロボットは、あと50年は待たなきゃ出てこないな。
店員 お客さま、失礼ながら、いま聞き捨てならないことをおっしゃいましたね。
妻 うわっ、急に後ろから耳元で声が。
夫 びっくりするじゃないですか。(いつのまにぴったり背後に?)
店員 50年だなんて、とんでもございません、お望みの商品は、すでに当店にありますよ。さぁさぁこちらにどうぞ。
(二人の間に分け入り、各々の腕を握って、近くの売場へ引っ張っていく。断固とした店員の態度に、そのまま連れられていく二人)
店員 これが先端技術のスイを集めて作られた、夢の完全3次元自動掃除機、「ルン坊」でございます。
妻 あっ、なんかハタキとホウキを持った変な人間モドキが!
(背たけが人間ほどの、お腹がポコンと膨らんだロボットが、3本の手にハタキ、ホウキ、チリトリを持ち、胸を張って立っている)
店員 この3本の手は、掃除道具を持つだけではなく、モノをどけたり、集めたゴミをお腹へ収めたり、コンセントを見つけて自分で充電したり、いろんなことをやれるようになってるんです。
夫 ハタキとホウキ持って、家を掃除して回るんですか? 最先端なんだか、時代遅れなんだか、よくわからない掃除機だなあ。
(横に置いてあるカタログを手に取る)
夫 「ダンシング・クリーナー ルン坊」ねえ。
店員 この掃除機は、ただ陰気に黙々と仕事をするんじゃなくて、ルンバを華麗に踊りながら、家じゅうを掃除してまわるんです。
掃除する対象を、ダンスのパートナーに接するがごとく優しく扱いますので、けっして家具を痛めたりしません。
夫 ふうん――実はうちら、むかし映画「Shall We ダンス?」を見て影響されて、もうかなり長く、社交ダンスをやってんですよ。
店員 ああ、そうですか。この掃除機のメーカーは、社交ダンスのルンバを徹底的に研究して、それに動きを似せたそうですから、掃除しているとこ見るだけで、ダンスが上達するかもしれませんよ。
妻 へえ。
店員 この商品は、イメージを借りただけじゃなくホントにルンバを踊りますんで、メーカーじゃ名前をずばり「ルンバ」にしたかったらしいんです。
でも、他のメーカーさんがもう使ってるので、しかたなく「ルン坊」にしたとか。
夫 (ぜったい、ヒットしたルンバのマネして名前つけてるくせに)
店員 念のため申し上げておきますと、ゆかを2次元的に滑るルンバと違って、この掃除機の動きは完全3Dですが、お客様は特殊なメガネをかける必要はございません。
夫 そりゃそうでしょ。掃除機を使ってる間ずっとメガネが要るんじゃ、めんどくさくてしかたないよ。
店員 ゴミの始末もラクでしてね。このルン坊は、ゴミをちゃんと分別して、袋に入れてお腹から出すんです。
夫 そりゃ、かしこいなぁ。
店員 それからお掃除中、ときどき陽気に、「お掃除するぞぉ」と声を発します。
妻 もともと掃除専用機なんだから、いちいち宣言しなくても……。
店員 元気が良くて、これがいいという方もありますんで。
もちろん、おイヤでしたら、付属品のさるぐつわをかませれば、ほとんど声は聞こえなくなります。
妻 (スイッチで止められるようにしなさいよ……)
夫 家でこれを動かしとくと、人間まで一緒にハタキかけられちゃうことはないんですか?
店員 ご安心ください。そこがまさに先端技術が活かされているとこでして、このロボットは生体識別機能を備えているんです。
人間やペットが近くにいても、頭部に付いてるこの目で生体だと判別して、けっして危害を与えることはありません。
夫 ただ掃除機にしとくのはもったいないなぁ。介護ロボットか何かを目指したほうがいいような……。
1 2 3 4
次頁へ