ところで、1年ほど前、初めて気づいたのだが――森永ビスケットの各パッケージには、「ビスケットは森永」というキャッチフレーズが書かれているのですね。
今年になってパッケージのデザインが変わり、文字が表・裏から側面へ移って小さくなったけれど、やはり書かれている。
ときどきあの箱を開くことがあるのに、長年気づかなかった。こちらはいつごろから書かれるようになったのだろうか?
箱の文字に気づいたとたん、思わず微笑んでしまった。
これは、「『チョコレートは明治』という言葉が浸透しているなか、うちが新たに『チョコレートは森永』なんて言ったら明治チョコファンから文句がくるかもしれないが……でも、ビスケットは森永っしょ?」という、森永製菓の矜恃であろう。
明治と森永といえば、日本のお菓子界の大御所同士である。このフレーズが選ばれる際に、あの「チョコレートは明治」が意識されなかったことは考えられない。
「チョコは明治なり」という、ずばりとした言い切り――ライバルもまた、「あれいいなぁ」と思っていたのではないだろうか。
森永のロングセラー・ビスケット群も、そろってお菓子売場に置かれつづけている。
日清チキンラーメンなどもそうだが、ああいう昔ながらで、シンプルでありつつ、飽きがこず、今なおたくさん売れる商品を最初に作った人はすごい。商品が「お米」のキャラへ近づいている。
そうしたビスケットを森永はいくつも持っているのだから、たしかにこのキャッチフレーズに値しているといえる。
ビスケットとなると、私には明治の商品で頭に浮かぶものが一つもない。
明治はマクビティのビスケットを販売しているが、あれはもしかして、身内に強打者がいないので、助っ人外国人選手を連れてきて四番にすえている感じだろうか?
「ビスケットとクッキーの違いって、何なの?」と子供に尋ねられたら、スーパーに並んでいる森永のビスケット/クッキーを見せ、これが我が国の権威の見解だよ、と言うのがてっとり早いだろう。
そもそも、これは日本独特の呼び分けなのであるし。
ちなみに、おなじみの「マリー」「ムーンライト」「チョイス」「チョコチップ」のうち、クッキーと名づけられている商品はどれでしょう? 正解はお近くのスーパーで見られます。
手作り風の外観を持つことがクッキーの定義の一つだそうだから、型で文字を入れたりしている点が小麦粉の運命を分けているのか。
そのほか、サブレーというフランス由来の呼び方まであり、チョコと違ってこの世界はえらいことになっている。
クッキーのうち、バター量が多い或るものをサブレーと呼ぶのだそうである。当然、日本かぎりの話だが。
明治によると、「たけのこの里」が使っているのはビスケットで、「きのこの山」が使っているのはクラッカーである。
ビスケットにイーストまたは酵素が入ると、クラッカーと呼ばれるらしい。
しかし、クッキーもクラッカーも、大きくはビスケットに含まれるという。そのクッキーが、サブレーを含んでいる。ややこしい。小麦粉は怒っているぞ。
森永が「ビスケットは森永」なりとパッケージに書いたとき、この権威の脳裏にあったものは果たして何か?
仮にブルボンが「クッキーはブルボン」と書いたら、これは「住み分け」になるのだろうか、正面衝突になるのだろうか?
鳩サブレーの豊島屋が、「サブレーは豊島屋」と大書きした場合はどうか?
キャッチフレーズだから、まあどうでもいいのだが、これが「特許請求の範囲」なんかだったらたいへんだ。
最近まで、森永のビスケット/クッキーの箱にあって、「ビスケットは森永」という文字はあんまり目立たなかった。背景のビスケットの色に、まぎれる色合いで書かれているものが多かった。
特に、私がよく開く商品(一番の売れ筋であるという)は、表裏とも文字が月光に埋もれていた。だからずっと、気づかなかったのである。
箱のデザインが変わってからは、文字は小さくなったが、箱を解体するとき指を入れる切込みのところに配置されていて、むしろ自然に目に入るようになった。
これは、他社の手前、だしぬけに「ビスケットならウチだぞ」と宣言して角が立たないよう、サブリミナル効果的に意識下に浸透させてから、だんだんメイジしていこうという高等戦術であろうか?
次回は、もしかするといっそうくっきりするかも。ローマは1日にして成らず。
チョコとビスケットに関わる二つのキャッチフレーズについてあれこれ書いていたら、森永チョコチップクッキーの、チョコだけ明治チョコにすると、盆と正月が一緒に来たような味わいにならないだろうか、というバカな考が頭をよぎった。
いや、森永のチョコだって、十分おいしいのであるが、侍ジャパン的発想というか――。
むかし久米宏が、TBSアナウンサー時代に、局の垣根をこえてテレビ朝日の「徹子の部屋」に出演したことがあったと記憶するけれど、さすがに明治チョコが森永へ出演することは起きまい。
しかし、消費者が勝手に試すのは自由である。今度、マリービスケットに明治の板チョコを挟んで食べてみようか。
まさか、合わすと煙が出たりはすまいな――。
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