楊貴妃の美、プレイバック?
(2014/2)
文藝春秋の新年号に、中国通で知られるエコノミスト、田代秀敏氏がおもしろい記事を書いていた。
中国の公式メディア――その報道は、中国共産党の公式発表に準じる位置づけをもつ――で、「山口百恵は楊貴妃の末裔である」という話が、「正しい歴史認識」として何度も報じられてきたというのである。
日本でいえばNHKにあたる国営の中央テレビ「中国中央電視台」や、かの「新華社」(国務院すなわち中国内閣直属の通信社)が、そうした内容の番組や記事を作っていて、これらはいずれも、現在もネットで見ることができるという。
楊貴妃といえば、「クレオパトラか楊貴妃か」なんて褒めたたえ方があるような、「究極の美女」の代名詞である。そして、山口百恵=「楊貴妃の末裔」という話も、まさにそうした意味合いを帯びているらしい。
ちょっと、記事を引用してみる。
「中国で百恵ブームが巻き起こったのは、1984年、テレビドラマ『赤い疑惑』(日本での放映は1975年)の中国語吹き替え版『血疑』が放映されてからだ。中国では、現在でも毎日再放送されているほどで……(中略)
日本では歌手としての評価が高い山口百恵だが、中国ではドラマ、映画での人気が圧倒的だ。もっといえば、『女優』というよりも、端的に『美女の基準』なのである。
その証拠に、中国では、女性を絶賛するとき、しばしば『中国山口百恵』(中国の山口百恵)という表現が用いられる。
たとえば鞏俐(コン・リー)。『紅いコーリャン』、ヴェネツィア映画祭で主演女優賞を得た『秋菊の物語』などで、中国を代表する大女優だが、彼女自身、インタビューで、「小さい頃から『山口百恵に似ている。将来、女優になりなさい』とまわりに言われたのが、この世界を目指したきっかけです」と答えているほどである。」
「美人だから」でなく、「山口百恵に似ているから」、あなた女優になったらどう?、という勧め方はすごい。たしかに、両者はすごく似ているのだが――。
先ほどの中央電視台――国内におけるその権威は日本のNHKの比ではないそうだ――が作った番組では、楊貴妃が船で東シナ海を渡って日本の「山口」へ至り、その末裔が山口百恵なのだというストーリーが語られているという。
それゆえ、山口さんだったとは……。
むしろ、百恵さんの名字のほうから、楊貴妃の日本到着先が大胆に推測されているような気がするが……。
新華社の記事は、いっそう真相に迫っている。記者の取材に応じて、なんと百恵さん本人が、「私は中国の楊貴妃の末裔です」と語ったというのだ。彼女の元の姓が、「楊」であることも当時の調査でわかったという。
あの百恵さんが、引退して何十年もたってから、そんな衝撃の事実をぽつり語り出すというのは信じがたい。当人に楊貴妃との血縁意識があれば、そもそも芸能界デビューのときに「売り」にしてるだろ……。
山口百恵がテレビ番組「スター誕生」で芸能界入りしたのは、1972年末であるが、そのほんの数か月前には、田中角栄・周恩来両首相による「日中国交正常化」という、とてつもない日中雪解けが起きている。
そんな時に百恵さんが、ドラマ「赤い××」シリーズお約束の「驚きの出生の秘密」(赤は血の意味ですね)を先取りするように、楊貴妃にかかわる驚きの出自を語っていたなら、日中の芸能史や、もしかしたら政治史はかなり変わっていたかもしれぬ。
所属プロダクションだって、話題性と中国市場をにらんで、きっと抜け目なく、彼女の芸名を「山口百恵」でなく「楊百恵」にしていたにちがいない。
(こんな無意味な想像を続けてどうする!)
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