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一発のなかに見る普遍
(2016/10/11)

 今シーズンから横浜ベイスターズの監督になったアレックス・ラミレスが、就任した直後、ドラフト1位の新人と二人で、ダンディ坂野の「ゲッツ」の一発ギャグをやってみせていた。
 両手をピストルのように前に出し、「ゲッツ!」と叫ぶあれである(今はまだ、わざわざ説明など不要だけれど)。

 やっている当の二人が、実はベイスターズにゲットされたおひろめの記者会見であったのがちょっと可笑しかった。
 スジからいえば、あれは球団社長あたりがやるべきアクションだ(ギャグとは、別にスジを通すものではないが)。

 ラミレスは、外国人であり野球の専門家であるが、ダンディ坂野の次くらいに、テレビカメラの前であのギャグを多くやっている人である。「ゲッツ!」と叫んだあと、すばやく後ずさりするところまでちゃんとやっていた。
 あそこまでの完全なコピーは、芸人仲間だとむしろ許されないだろう。

 ダンディ坂野という人は、典型的な「一発屋」だったとみなされている。あれしかできないわけではなく、あればかり番組等で要求されたようで気の毒なことである。
 もっとも、ピストル的なしぐさでシンプルな単語を言い放つあの姿は、みずから全身で「一発屋」を表現しているようでもあった。


 ところで、私が当時ひとつふしぎだったのは、なぜあの言葉は「ゲット」でなく「ゲッツ」なのかということだった。何かを「ゲットする」という言い方が、これほど広まっているというのに。

 あれは中学の英語で教わるところの、三単現の「s」というやつで、彼はわざと第三者目線(HeとかSheとか)で「獲得」を描写しようとしているのだろうか? むかし、ビートルズが「アイ・ラブ・ユー」というフレーズをひねって、「シー・ラブ・ユー」と歌ってみせたように。

 それとも、「ゲット」を名詞のようにとらえ、複数形にしちゃったものなのか? もしそうだとすれば、典型的な一発ギャグなのに複数であることは、「1本でもニンジン」に似たふしぎさを帯びている。
 しかし、「複数形」と、片手でなく両手を突き出しているさまは、言行一致にも見える。

 実はその後、たまたまこの「ツ」の真相を知る機会があった。本人が、次のように語っていたというのである。

 すなわち、目の前のお客さんを「つかむ」意味で、元はふつうに「ゲット」と言っていたのだが、芸人の先輩に「おまえ、ゲッツって言ってるぞ。ゲッツって何だよ」と指摘され、そんなはずはないと思いながらも、ある時ふざけてわざと「ゲッツ」とくっきり言ってみたらすごく受けたので、それ以降「ゲッツ」にしたのだという。

 何で「ツ」なんだ、と気になる人は自分以外にもいたのだ――そうした納得清涼感とともに、これを聞いて私の心に次のような考が生じた。
 それはこの「ゲッツ」には、一発という切り捨てられ方とは裏腹に、「普遍」が潜んでいるのではないかということである。

 それをひとことで言えば、

「トで終わる単語を叫ぶとき、私たちの口は知らぬ間にツと言ってしまうの法則」

とでも表現できるかもしれない。

 たとえば、映画監督が撮影中に「カット!」という言葉を発する。映画のメイキング映像などを見ると、少なからぬ監督が、あれを「カーッツ!」と叫んでいる。

 武道家が発する気合いの言葉「チェストォー!」みたいに、「ト」を思いきり強調するなら別だが、「ト」音終わりの叫びというのは、何だか最後、くっきり「ケリ」がつかないところがあるのではないか。

(余談だけれども、一般人もよくマネするあの「チェストォー!」という叫びは、薩摩の古武術「示現流」に起源をもち、その由来は、「知恵を捨てよ(無心になれ)!」という教えだという説が有力だそうである。正確には、「チエヲステヨー」と言っているという……。
 言われた敵がそのとおりにしたら、強くなってやっかいな気もするが……。
 その趣旨からして、受験などで気合いを入れようとするときには、この言葉はぜったい言わない方がいいだろう。)

 もう四十数年前になるけれど、男の子たちに人気を博したロボットアニメに「マジンガーZ」というのがあって、勇ましい主題歌を歌わせたら天下一品の、水木一郎が歌っていた。

 この人もまた、歌の最後のところの「(マジンガー)ゼエット!」という叫びを、当初はこのとおり発声していたのが、持ち歌として次第により豪快に歌うようになるにつれ、「ゼエーッツ!」と、Zなのに「ツ」で締めくくるようになっていった。
 ビシッと最後決めようとすると、自然とそこへ吸引されるのだろう。

 ちなみに、漫画・アニメの世界には水木しげる/水木一郎というふたりの大御所「水木」が存在するが、この世で絶対やってはならないことの一つは、水木しげる作品(鬼太郎、河童の三平……)の主題歌を、水木一郎が歌うことだと私は考えている。

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