(研究員が、部屋の奥から釣りざお状の棒を持ってくる。先端には、大きな紙袋がかぶせられている)
研究員 そちらの、部屋の角のほうにちょっとお立ちいただけます?
記者 わかりました。
(部屋の角へ行く。研究員は反対側へ行き、紙袋を外して、記者の前へ棒を差し出す)
記者 おお、この形と質感は……。たしかに何だか、じゃれたくなる。
心のなかを、じかにコチョコチョくすぐられるような気持ちだ!
(記者、棒に両手を伸ばして、じゃれ始める。
しだいに手の動きが止まらなくなり、夢中になる。
微笑んでその様子を見ている研究員。
10分ほどその状態が続く)
研究員 もうこのあたりで……終わりにしますか。(棒を天井までパッと上げる)
記者 はっ!(我に返る) 知らぬ間に没入してしまった……。
実にお恥ずかしいところをお見せしました。
研究員 いえ、人間みんな、反応は同じですからね。私だってそうです。恥ずかしいことはありません。
(見ると、研究室の壁に大きく、「人間だもの」という相田みつをの言葉が貼ってある)
記者 うーん、これを家のなかに置いておいたら、一日中じゃれてしまいそうだ。中毒性がある。
研究員 エノコログサを目の前に出された猫の気持ちがわかりますよね。
記者 しかし、没頭しながら、頭の片隅でチラッと思いましたけども……このヒトじゃらしには、何の生産性もありませんね。
研究員 ハハハ。生産性はないかもしれませんが、楽しかったでしょ?
記者 まあ、尋常でなく、心がうきうきしたことは確かです。
研究員 たとえば、交渉ごとで双方が険悪な空気になった時なんかに、ひと息入れて皆でこれをやったら場がなごみますよ。
これをしたあと、こわい顔をしていられる人はいないでしょう?
記者 はあ……。
(なごみすぎだ。そのあと相手を見るたび、じゃれてた顔を思い出して吹いちゃうよ)
研究員 実用面でこれが最も役立つのは、ダイエットなんかをしてる人かもしれませんね。
記者 ダイエット?
研究員 これ、続けるとけっこうな運動になるわけです。
ボクシングの、パンチングボール・トレーニングに似た両腕の動きでしょ?
記者 ああ、言われてみればたしかに。大きなちがいは、手を握っているか、開いているかくらいだな。
研究員 カロリーをかなり消費します。だから、楽しみながら体重が落とせるわけです。ダイエットのような精神的なつらさ無しに。
記者 なるほど……生産性はなくとも、消費性は非常にあるというわけか。(しかしどれをとっても、とんでもないことへ情熱を注いでる研究所だなあ)
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