戻ってくぅ~る
(とある雑居ビル。英会話教室やヨガ教室などが並ぶフロアに、「心身のお悩み、何でも解決します お悩み解決院」という、大まかで怪しい看板を出したテナントがある。
英会話教室へ通うたび、それを「何だろう?」と思って見ていた若い男。ある日、意を決してその部屋のドアを開ける。
殺風景な部屋の真ん中に大きなデスク。その向こうから、中年の男が笑顔を向ける)
院長 ようこそ、お悩み解決院へ。院長の治山です。
男 ええと、外に書いてある「何でも」っていうのは……その……「何でも」なんですかね?
院長 そうですよ、何でもです。エッヴリスィング!(いい発音)
どのようなお悩みで来られましたか?
男 実は、体臭の強さで悩んでまして……。
医者には相談したんですけど、内科へ行ったり、皮膚科へ行ったり、いろいろしても原因が特定できないんです。
最後は、気のせいですよなんて言われちゃって。
院長 ふむ。こうしてお話ししているぶんには、そんなに体臭が強いとは思えないが……。(両手で、空気を呼び寄せる動作をする)
あ、少し来てるかな。
ダイコンのお新香みたいなにおいですか?
男 自分ではわかりません。
院長 まあ、においの方向性は重要じゃない。あなたが現に、それでお悩みになってることのほうが重要だ。
それにしても、お医者さんの「気のせい」という言葉は、じつに正しいですよ。
誤解されている方も多いですが、体臭というのは、物理的に止めずとも、気持ちで解決できるもんなんです。
男 えっ、そうなんですか。(ほんとかいな)
院長 そのへんの、メェカニズム(いい発音)を、根もとの根本からご説明しましょう。
男 はあ。
院長 古くから哲学の世界にある、こういうおもしろい問いをご存知でしょうか?(デスクの横のホワイトボードに、文が書かれたプレートを張りつける)
「誰もいない森で、木が倒れました。そのとき、音はするでしょうか?」
男 この話は知りませんけど……そりゃあ、人間が聞いてようといまいと、木が倒れればドサッと音はするんじゃないですか? 物理現象なんだから。
院長 ドサッ?
甘い! あなた、人工甘味料サッカリンのように甘いですよ!
男 そんなに甘いですか?
院長 ええ、もう口のなかがネチャネチャです。
いいですか。木が倒れれば、空気は振動するかもしれません。しかし、人間が、あるいは動物が、そもそもこの世に存在しなかったら……。
私たちが音響イメージで今も思い出せるような、あの独特の音の「鳴り」は、あの「サァウンド」(いい発音)は、この世にハナから存在しないわけです。
男 はあ。
院長 「ドサッ」なんてのは、人間らしい受けとめの感触です。
「ドサッ」でも、「ジリリリリーン」でも、「バックします、バックします……」でもいいですが、ああした独特の感触は、私たち人間のなかのカラクリが作っているわけです。
男 ああ……わかったような、そうでもないような。
院長 あなたが悩んでいる、においだってそうですよ。
生き物がそもそもいなければ、「くさい」というあの独特の出来事は、宇宙のどこにも存在しません。
「くさい」の本質は、何かが身から出ることじゃなくて、人にキャッチされるところなんです。そこを無くすことができれば、問題はきれいに消えてしまいます。
あなたの身体からどれほどひどいにおいが、有毒ガスのように噴出していてもです。
男 はあ。(そんなにひどくはないと思うけど)
院長 そういうわけで、これからイメージトレーニングの剛力によって、あなたから出たにおいが他者まで届かず、ヒュッと引き返してくるようにしましょう。
男 そんなことができるんですか?
院長 もちろんですよ。その証拠も、あとでお話ししましょう。
ちょっと立っていただけますか?
(自分も立つ)
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