(火星人がおなかに付けている自動翻訳機から、英語音声が流れる)
火星人 地球のみなさん、こんにちは。異文化交流のために来ましたよ。
郷に入りては郷に従えという言葉が、みなさんの世界にありますね。まずは、握手することにしましょう。(しゅるしゅる)
(地球側の代表として、国連事務総長が歩み出る)
総長 あ、これはどうも。よくご勉強で恐縮です。
(出された1本の足を、両手で握る)
父 人間と、大きなタコちゃんウインナーが真面目に握手して、無数のフラッシュがたかれてるのって、ふしぎな光景だなあ。
母 あの足のとこの、内側のモノのはみ出し方なんか、ほんとそっくりよね。あの人たち、ソーセージの端っこが割れるみたいにして、足ができるのかしらね。
(この深夜の出来事を受けて、翌日早朝、日本政府において、緊急会議が開かれる)
A 火星人たちは、まだ気づいてないだろうけど、われわれ日本人がお弁当に入れてるタコちゃんウインナー、あれ絶対やばいだろ。
B ええ? ただ外見が似てるだけじゃないですか。別に大丈夫でしょ?
C いやいや、ちょっと考えてみろよ。逆にわれわれが初めて、未知の地、火星へ飛んで行ったとするだろ。そこで、人間そのままの形をした物を、火星人が笑いながらムシャムシャ食べている場面を、俺らが見たらどうよ?
しかも、相手が探査機でこっちの星を調べてることを、われわれは知っててさ。そいであっち行って、そんなふうだったら――。
瞬時に、背すじが凍らないか?
D そりゃあ、凍るな。軟体動物に似た火星人の場合に、はたして背すじがあるかどうか知らないが、きっとどこかは凍るな。
C そんな誤解から、火星人に大攻撃をくらってみろ。あんな宇宙船を作る科学力だ、こっちはひとたまりもなく滅ぼされるぞ。
何しろ、彼らがどんな感情のスイッチの入り方をする生物なのか、まったくわからんわけだからして。
A むろん、取り越し苦労かもしれん。しかし、もし万が一、この懸念が現実化したなら、人類壊滅的な事態を招いてしまう。
D タコちゃんウインナー、今後一切、作るのやめたほうがいいですね。
A この日本独自の楽しいおかずを、ここで失うのは忍びない。しかし、日本人そのものが失われることに比べたら、お弁当の具のひとつくらい、何だというんだ。
いや、けっして赤いソーセージが食べられなくなるわけじゃない。焼くときに、ひと工夫するのをやめればいいんだ。
A そこでだ。突然ふりかかってきたこの危険の重大さを、急いですべての日本人に知らせねばならん。といっても、映像を出すのは絶対だめだ。言葉で伝えるんだ。
タコちゃんウインナーという言葉だけなら、火星人には何のことかわからんだろ。
B 過去に出されたお弁当作りの本なんかも、チェックする必要がありますね。
A ああ、タコちゃんウインナーが載ってる本は、ぜんぶ処分したほうが安全だな。
いまどき焚書なんてことはしたくはないが、人類存亡にかかわるとあってはやむをえん。
C 何しろ、偶然ですなんてとても釈明できないほど、そっくりだからなあ。
D ネットのYouTubeなんかにも、お弁当の作り方の動画がたくさんアップされてますよ。最近は外国の人が、日本ふうのお弁当の作り方を、自国語で紹介しているのも見かけます。
そういえばドイツ人が、やたらでかいソーセージであれを作って、子供が喜んでかぶりついてる動画をどっかで見たなあ。火星人にしたら、あれはホラー映像でしかないかも。
A これは世界中の政府の、水も漏らさぬ協力が必要になるぞ。
各国が朝になるのを待って、この危険の存在だけは、早急に伝えといたほうがいいだろう。
E (横のFに小声で) 話をけっしておおっぴらにできなくて、しかもネット上から漏れなく情報を消すのなんて、人が火星に行くより難しい話だよな。
F 消そうとする作業から、かえってバレるかもしれんしな。
かといってこのままじゃ、大きな爆弾かかえてるみたいで、たしかに恐い気もするし――。
それにしても、もしタコちゃんウインナーが原因で、人類の長い歴史があっさり終わったりしたら、これほどしゃれにならん話はないなあ。
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