(コンサート会場に入る。暖房が効いているにもかかわらず、おそろいの黄色いエリマキを巻いた三人は、最初から目立っている)
ねび太 ここから、満員のお客さんの上にスッと首を伸ばすのは、ちょっと勇気がいるね。
スネ男 イッセイノ、セ、で、同時に伸ばそうぜ。ろくろ首、みんなで伸ばせば、こわくない。
ねび太 一つより三つのほうが、ヴィジュアル的にはずっと怖い気がするけど。
(開演時間が来て、照明がいったん消える。「わさび&からし」が登場してホールが明るくなり、大歓声がわく。
少し遅れて、別のざわめきが、最後部からホール全体へ広がる)
客A 何だあれは? ジェット風船の、シッポがうんと長いやつか?
客B いや……人間の頭みたいだぞ。
(明るい照明に照らし出され、客席の上を浮遊する三つの頭。
しかし、歌手たちは二人ともかなり近眼で、これは特殊なバルーン演出なのだろうと、気にしないで歌っている)
スネ男 どんなアングルにも、すぐ移動できちゃうからおもしろいな。こんなカメラワークは、今までどんな音楽ビデオでも見たことがないぞ。
ねび太 おデコにビデオカメラを付けて撮影したら、すごいコンサート映像が撮れるよね。
あ、シズ子ちゃんは、バックバンドの後ろまで首を回して見てら。いったん伸ばし出すと、いちばん大胆だな。
(三つの頭は、おもしろがって会場を縦横無尽に飛びかう)
客C (近くを通りがかったスタッフに声をかける) おい、あの変な首、何とかできないのかよ?
B席に座ってるくせに、S席より前で見てるっておかしいだろ。
スタッフ (人間の首が伸びてること自体に、まず驚きなさいよ) それが、主催者としても対応を相談したんですけど、こういう行為を禁じる法律が日本に無いだろうと……。
客C そりゃ、無いだろうけど。
そんな決まりが国会を通ってたら、あの首くらいの驚きだ。
スタッフ あとから法律を作って、できごとを裁いてはならないことを、「法律不遡及の原則」と言います。コンサートのおみやげに憶えて帰ってください。
客C そんなことは聞いてねえんだよ。あいつらに、首を短くして、ふつうに見ろって言いなさいよ。
スタッフ でも、首というか、耳が上空にあるもんで、言葉をかけることができないんですよ。
客C 胴体のとこへ行って、思いきりシバけば、何ごとだと思って首が戻ってくるよ。全身が宙に浮いているわけじゃないんだから。
スタッフ そうですねえ。じゃあちょっと行ってきましょう。
(上空の三人。コンサートに熱くなり、各自が頭をあちこちに動かしているうち、三本の首が、こんがらかった糸のようになっている)
スタッフ ええと、首はあの黄色っぽい一帯から伸びてるな。
(ねび太たちの席にたどりつく。周囲の客は、怖がっていなくなっている)
スタッフ ここが根もとか。
なんか、キングギドラみたいなやつらだなぁ。
(ねび太のからだをゆさぶる)
スタッフ お客さん、お客さん。
あ、声で呼びかけても無意味だヮ。
(肩を持って、無言で激しくゆさぶる。
次第にエリマキがほどけ、下に落ちる。とたんに、ねび太の首が縮みだす。
ねび太 な、何だあ?
(ねび太のアゴがひっかかり、一気にからまってしまう三人の首)
シズ子 きゃああ、くるしい。
スネ男 手が届かないから、うまくほどけないよぉ。
ねび太 げほげほ。何だかワケがわからないけど、ダラエモン助けてえ。
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