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だしぬけの組織改革

(ワンマン社長が、ある朝、会社の大部屋に社員を集合させる)

社長 諸君、今日集まってもらったのは、ほかでもない。
社員A (何だろう、急に)
社員B (こういう突然の呼び出しは、いままでの経験からすると、不安だな)
社長 きのうの晩、ふと思いついたんだが……。
 今日からうちに、新たな部署をつくることに決めたぞ。
社員A (新たな部署?)
社長 「秘密諜報部」だ。
社員C ええっ、ひみつちょうほうぶ?
社員D 諜報部って……。
社員B 社長、うちはごく普通の、ふとん会社ですよ。なぜそんなものを?
社長 アメリカにはCIA、イギリスにはMI6があるじゃないか。なぜふとん屋に諜報機関があってはいけないんだ? いけない理由を、答えられる者はいるか?

(ざわざわ)

社員D (あまりに思いもよらぬ質問で、答えられん)
社員E (いけない理由を言えと言われても……。
 中堅のふとん会社に、諜報機関が必要な理由を、逆に教えてほしいものだ)
社長 そら、誰ひとり答えられないだろう。得てして、そういうものだ。
 すでにある、開発生産部、検査部、営業部、財務部、人事部に加えて、第六の部として、今日から秘密諜報部を新設する。
社員B (六つ並べて耳にすると、さらに違和感が増すな)
社長 秘密諜報部の略称は、MI6だ。
社員C 社長、MIというのは、何の略なんですか?
社長 秘密組織だから、そこは秘密だ。
社員C (なんと、略称からして、秘密なのか)
社員F イギリスのMI6と同じですか? ひょっとして、ミッション・インポッシブルですか?
社長 ばかもん! その通りだとか、ちがうとか、尋ねられてポンと秘密を明かす諜報組織がどこにある!
 「MIは何の略だ?」と、ひどい拷問を受けて詰問されても、ぜったい言わないのが諜報組織というものだ。
社員F ……。
社長 MIが何の略かは、あとで秘密諜報部の部長にだけ、複雑な暗号を用いて伝えることにする。
 君のような常識知らずには、諜報部員は絶対つとまらんな。
社員F 申しわけありません!(よかった。何だかわからんが、変なのから逃げられたぞ)
社長 ほかに質問はあるか?
 秘密以外のことを尋ねるぶんには、私はまったく怒らんぞ。
社員B (何が秘密なのかが、そもそもわからないよ)
社員D (質問をするのは、地雷原に踏み入るようなものだ)
社員E (諜報部員は秘密を保持して、拷問にかけられたりする可能性があるのか。絶対なりたくないな……)
社長 (集まった者をながめわたし、一人の社員に目をとめる)
 おっ、西川君。きみ、映画で初代007役だったショーン・コネリーに、あごの形がよく似ているな。
西川 そうですか。そういうことは、今日初めて言われました。
社長 よし、君が、初代の秘密諜報部長だ!
西川 どへえっ。
 ふとんの検査ひと筋、30年の私がですか?
社長 そうだ。おめでとう。頼んだぞ。
西川 私、ちょ、ちょうほうなんて、全然やったことありません。
社長 どこの誰だって、初めてやる仕事というのは、初めてなもんだ。一国の総理や、大統領だってそうなんだ。
 初めてなのに、やったことがある人はいない。ぜんぜん心配いらん。
西川 はあ……。(よくわからん。すべてが)
社長 氏名から、身元が割れることのないよう、みんな今日から、西川君のことを名前で呼んではいかんぞ。
社員B 何て呼ぶんですか?
社長 コードネームで「007」と呼ぶんだ。
 西川君。今日から君は、007だ。
007 ……急にそんな。
社長 さっそく、今日の昼休みにでも、どこかで「007」の名刺を作っておきたまえ。
 役職と名前のとこは、「秘密諜報部長 007」と刷るんだ。
 名刺ができたら、社外のあいさつ回りに連れていくから。
007 はあ……。
社長
 みんな、彼のことは念のため、勤務時間以外も、007と呼ぶように。
 敵は、いつどこに潜んでいるかわからないからな。
社員C (敵って、誰なんだ?)

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