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ご隠居、ひと夏の体験(後編)

八つぁん ご隠居、お元気ですか。いよいよ本格的に暑くなりましたねえ。
ご隠居 お、八つぁんか。まったく、毎日おそろしく暑いな。(台所へ声をかけようと、体をひねる)
 あ! 今日は砂糖水のほうはけっこうです。(台所まで聞こえるように声を張る)
 もしかして夏バテのあまり、水さえノドを通らなくなっているのか? 死ぬぞ。
 いえ、水や食べ物は、よく通ってるんですがそのあの……。(語尾を濁しながら畳にすわる)
 そういえば、このまえ話してた映画のほうは、あれからどんなぐあいです?
 ああ、準備は進んでおるのじゃが……映画の方向性というか、ジャンルに、かなりの変更があってな。
 変更?
 うむ。実は、恋愛映画はやめて、ホラー映画にすることにした。
 ホラー映画? そりゃまた、どえらく方向が変わりましたねえ。なぜまたそんなことに?
 いやぁ、出演する者が次々に決まって、いちど集合したりして、その顔ぶれを見ていたら、そっち方向の映画にするのが自然な気がしてきてな。
 ……。
 長くあたためていた、ぜひ映画化したい話があったんじゃないんですか?
 それはそうじゃったが、臨機応変も、わしの無数の長所の一つじゃからの。
 (むしろ、いいかげんさが、無数の欠点の一つのような――)
 そうすると、タイトルも変更ですか?
 ああ、変わったよ。
 今度は何と?
 今度のタイトルは、前とちがって、すごくシンプルでな。
 「渚のフランケン」というんじゃ。
 なぎさのふらんけん?
 (映画の内容が激変しても、物語の舞台はなぜかこだわっているんだなあ)
 いったいどんな話なんです?
 恐いぞお。
 フランケンシュタインの怪物が、夜ふけの湘南の海で、サメを素手でつかまえて生き血をすすっておると、雲間から満月が出て、オオカミ男に変身するんじゃ。
 …………。
 するとそこへ、空からお迎えが来て、怪物は月の都へ帰って行く。
 かぐや姫ですか!
 やっぱり8月の物語じゃからな。(新暦だけど)
 そんなワケわからん怪物を、いったいどんな連中が迎えに来るんだろ?
 だいたい、あの怪物は、フランケンシュタインっていう西洋の科学マッドが作ったんでしょ? なぜそんなのに、遠い月の都から迎えが来るんです?
 何を隠そう、かのフランケンシュタインは、事故で記憶を失っているが、もともと月の都の王子様だったのじゃ。その隠せぬ気品ゆえ、地上でも貴族をしておった。
 しておったって……月から来た人が、ぽんと貴族になれるのかな?
 物語は19世紀に、この王子様が、月から地球へジャンボジェット機でやってくるところから始まる。
 (むちゃくちゃだ)
 王子様はやがて寿命が来て死んでしまうが、怪物は不死身だから、21世紀になっても生きておる。
 月の使者は、王子様の忘れ形見である怪物を連れ帰り、月の都を継がせようとして、21世紀の湘南海岸に降りてくるのじゃ。
 海でサメの生き血をすすってるやつを連れ帰って、王位を継がせるんですかあ? おまけに顔はオオカミなんでしょ?(月面で暮らしたら、たぶん体はずっとオオカミだよ)
 タデ食う虫も好き好きと言うじゃろ。
 まして月の世界のお人のこと、われわれの計り知れぬところに、価値評価のツボがあるのじゃ。たいしたもんだ。
 そんな人間に計り知れない映画、こっちじゃなく、月で上映したほうがいいですよ!
 まあ、監督としてのホンネをいえば、血がちょっと出ちゃうバイオレンス・シーンを加えてるのは、やはり北野監督へのおまんじゅでな。場所も、「あの夏~」と同じ横須賀の海で撮りたいと思っとる。
 (妙なこだわりは、そこなのか)
 そういえば、久石譲に頼みたいと言ってた音楽はどうなりました?
 ああ、お願いの手紙を出したんじゃが、忙しいのか、まだ返事が帰ってこん。
 まさか、本当に頼むとは……。
 どこへ手紙出したんです? 自宅なんてわかんないでしょ。
 三鷹の森ジブリ美術館に出した。あそこなら住所がわかったんで――
 そんなとこにいませんよ久石譲は!
 でも、あれだけつながりが深いんだから、時間はかかっても届くじゃろ。
 届くかなあ……。表書きは何て書いたんです?
 「三鷹の森ジブリ美術館 宮崎駿方 久石譲先生」じゃ。裏にはわしの名前を書いて、実印を押した。
 あまりに意表をついてるから、かえって届いちゃうかもしれないなあ。

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