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(患者の耳の横に聴診器をあてる)

医者 ええと、いま現在は、その……おっさんは、しゃべってますかね?
患者 ええ、いま、お七が恋する吉三郎を思うあまり、実家の八百屋に火をつけるクライマックスシーンです。おっさん、思いきり声を張り上げてますよ。
医者 だめだ、まったく聞こえないな……。
患者 何なら、私がそのまましゃべりましょうか?
医者 いえ、内容を聞きたいわけじゃないんですよ。
 ええと、あまりに珍しい症状なもんで、ただちに申し上げられる対処法というのもないんですが――。
 そうだな、直接的な解決法ではないですけど、とりあえずは、病気と上手につきあっていくという方向を考えたらどうでしょう。
 あなたはもともと、浪曲を好きでも嫌いでもなかったとおっしゃった。避けがたく耳で浪曲が鳴ってしまうのであれば、それを悪いことと考えず、「他の人がお金を払って聴く浪曲を、いつも無料で聴けて私はラッキー!」ととらえるようにするんですよ。
患者 でも、尋常でなく下手くそなんですよ。セリフのとこはひんぱんに噛むし、節回しもフラフラしてるし。
 こんだけ四六時中、うなってるんだから、ふつうなら上達しそうなもんですが、全然しないんです。
 逆にずっとやっているせいか、声がだんだんつぶれて、より耳障りな音になってきてるんですよ。
医者 うーむ、そこまで相手はリアルなんですか――。
 私がここでこんなことを言うのも何ですが、考えられる対策は、片っ端からみんなやってみたほうがいいかもしれません。
 ものは試しで、神社へ行って、お賽銭をふんぱつして、その語りが少しでも向上するようお祈りしてみたらどうでしょう?
患者 どうせ神様にお願いするなら、最初から、耳鳴りを無くしてくださいって頼んだほうがよくはありませんか?
医者 ああ、そりゃそうだ――。対症療法より根因を断つのが医学の基本だな。こりゃあ患者さんに一本取られた。はっはっは。
患者 ……。
医者 しかし、相手がそれほどまでに生々しい存在だとすれば、そこに光明があるかもしれません。
 あなたはまだお若い。一方、お聞きするところ、声の主はけっこうな年齢のようだ。しかも、だんだん声がつぶれて来ているというから、しっかり経年変化も起きている。
 これもふつうなら、医者が口にすべきことではないが、当面はがまんしつつ、じきに相手がお亡くなりになるのを待ってはどうでしょうか。時間による、自然治癒といいますか。
患者 ああ、なるほど。
医者 あるいは、そこまで少しも進歩しないのであれば、いやになって、どこかであっさりやめてしまうかもしれません。もっとも、何かまた別のやかましい習い事を始めないともかぎらないが――。

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