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 そんなわけで、思わぬ収入があったもんで、かねてからの夢を、この夏にかなえようと思ってな。
 夢って何です?
 映画を撮ることじゃよ。実は一つ、長い間あたためていた切ない恋愛映画のアイデアがあるんじゃ。
 初めに、天啓のごとくタイトルがひらめき、そのあとそれに合う美しいストーリーが、わしのなかで次第に熟成していったのじゃが。
 へえ。何ていうタイトルなんです?
 むかし、北野武の映画に、「あの夏、いちばん静かな海。」というのがあったろ? たしか、久石譲が初めて北野映画に音楽をつけた……。
 風変わりだが叙情的で、印象ぶかいタイトルじゃった。
 あの雰囲気が好きでな。あんな感じにできないかと思った。
 ああ。たしかに、何だか頭に残る題名でしたね。(ビートたけしからああいうフレーズが出てきちゃうとこがすごいんだよな)
 それで、主人公が過ぎ去った夏の一場面をふり返り、胸のときめきと、恥ずかしさをよみがえらせているような、味わいあるタイトルを考えた。
 なんて言うんです?
 「好きだと言ったらおならが出て、声と美しくハモったあの夏。」というんじゃ。
 そりゃ本当に恥ずかしい話じゃないですか! ちっともふり返りたくないよ、そんな夏の日は。
 若い時分にはよくあることじゃろ。ここぞという時に、思わず身体に力が入ってしまって、上と下からバランス良く空気が……。
 滅多にありませんよ、コントじゃあるまいし。(そんなシーンが山場になっている映画なんて最低だよ)
 そうか? わしは何度か、経験があるがなぁ……。
 余談じゃが、音というのはハモらせるとずっと遠くまで届くものなのじゃ。声量がさほどない、オペラ歌手のキャスリーン・バトルが、このテクニックを使って、遠くのお客さんまで声を届けておる。
 ほんとですか?
 うむ。しかし、ニオイまで届かせることはできぬ。
 (あたりまえだ。そんなもんが広域に届いてどうする)
 主人公の男は、あの夏、いちばん静かな海で思いきって告白したのじゃったが……音が大きくハモってみると、いちばん静かだった海がむしろうらめしい。
 うらめしげな男の表情がアップになり、そこに切ないテーマ音楽が徐々にかぶさってきて、この映画は終わっていくな……。(涙を浮かべる)
 むかしのボツ曲のリサイクルでいいから、久石譲、安く曲を作ってくれないかな?
 音楽うんぬん以前に――そんなひでえパロディ映画つくったら、いくらお笑い出身の北野監督でも激怒しますよ。
 何を言うか! これは、おまんじゅうだとわしは思っとるぞ。
 おまんじゅう?
 ……
 ひょっとしたら、オマージュでは?
 おお、それそれ。おまんじゅ。(通じたんだからいいじゃないか)
 (ちっとも捧げられたくないまんじゅうだなあ)
 そういう……何というか……とてもすごい映画の、出演者はどうするんですか?
 バイト代を出して、親戚の男の子に主演をやらせることにした。その彼女とか、友だちとかを、イモヅル式に勧誘してな。ロケ地は、湘南海岸を予定しておる。
 わしといっしょに競馬に行った男も、主人公の競馬好きの父として出してやるつもりじゃ。いちおう恩があるでな。
 もしかして、八つぁんもこの映画出たいか?
 いえ、あっしは遠慮しときます。
 ほんとは出たいけど、遠慮してるんじゃないの?
 いえいえ、ほんとうに遠慮してます。
 遠慮は不要なのに。
 あ、そうだ。八つぁん、オーディオ関係くわしくない? この映画、さうんどがけっこう重要なんじゃ。
 すいません、そっちの知識も残念ながら……。
(手近なシロウトかき集めて、夏の湘南海岸でおならがハモる映画を作るのか――。
 こんな映画が本当に完成しちゃったら、幸運の女神さまも、おいたが過ぎるよ)
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