ご そんなわけで、思わぬ収入があったもんで、かねてからの夢を、この夏にかなえようと思ってな。
八 夢って何です?
ご 映画を撮ることじゃよ。実は一つ、長い間あたためていた切ない恋愛映画のアイデアがあるんじゃ。
初めに、天啓のごとくタイトルがひらめき、そのあとそれに合う美しいストーリーが、わしのなかで次第に熟成していったのじゃが。
八 へえ。何ていうタイトルなんです?
ご むかし、北野武の映画に、「あの夏、いちばん静かな海。」というのがあったろ? たしか、久石譲が初めて北野映画に音楽をつけた……。
風変わりだが叙情的で、印象ぶかいタイトルじゃった。
あの雰囲気が好きでな。あんな感じにできないかと思った。
八 ああ。たしかに、何だか頭に残る題名でしたね。(ビートたけしからああいうフレーズが出てきちゃうとこがすごいんだよな)
ご それで、主人公が過ぎ去った夏の一場面をふり返り、胸のときめきと、恥ずかしさをよみがえらせているような、味わいあるタイトルを考えた。
八 なんて言うんです?
ご 「好きだと言ったらおならが出て、声と美しくハモったあの夏。」というんじゃ。
八 そりゃ本当に恥ずかしい話じゃないですか! ちっともふり返りたくないよ、そんな夏の日は。
ご 若い時分にはよくあることじゃろ。ここぞという時に、思わず身体に力が入ってしまって、上と下からバランス良く空気が……。
八 滅多にありませんよ、コントじゃあるまいし。(そんなシーンが山場になっている映画なんて最低だよ)
ご そうか? わしは何度か、経験があるがなぁ……。
余談じゃが、音というのはハモらせるとずっと遠くまで届くものなのじゃ。声量がさほどない、オペラ歌手のキャスリーン・バトルが、このテクニックを使って、遠くのお客さんまで声を届けておる。
八 ほんとですか?
ご うむ。しかし、ニオイまで届かせることはできぬ。
八 (あたりまえだ。そんなもんが広域に届いてどうする)
ご 主人公の男は、あの夏、いちばん静かな海で思いきって告白したのじゃったが……音が大きくハモってみると、いちばん静かだった海がむしろうらめしい。
うらめしげな男の表情がアップになり、そこに切ないテーマ音楽が徐々にかぶさってきて、この映画は終わっていくな……。(涙を浮かべる)
むかしのボツ曲のリサイクルでいいから、久石譲、安く曲を作ってくれないかな?
八 音楽うんぬん以前に――そんなひでえパロディ映画つくったら、いくらお笑い出身の北野監督でも激怒しますよ。
ご 何を言うか! これは、おまんじゅうだとわしは思っとるぞ。
八 おまんじゅう?
……
ひょっとしたら、オマージュでは?
ご おお、それそれ。おまんじゅ。(通じたんだからいいじゃないか)
八 (ちっとも捧げられたくないまんじゅうだなあ)
そういう……何というか……とてもすごい映画の、出演者はどうするんですか?
ご バイト代を出して、親戚の男の子に主演をやらせることにした。その彼女とか、友だちとかを、イモヅル式に勧誘してな。ロケ地は、湘南海岸を予定しておる。
わしといっしょに競馬に行った男も、主人公の競馬好きの父として出してやるつもりじゃ。いちおう恩があるでな。
もしかして、八つぁんもこの映画出たいか?
八 いえ、あっしは遠慮しときます。
ご ほんとは出たいけど、遠慮してるんじゃないの?
八 いえいえ、ほんとうに遠慮してます。
ご 遠慮は不要なのに。
あ、そうだ。八つぁん、オーディオ関係くわしくない? この映画、さうんどがけっこう重要なんじゃ。
八 すいません、そっちの知識も残念ながら……。
(手近なシロウトかき集めて、夏の湘南海岸でおならがハモる映画を作るのか――。
こんな映画が本当に完成しちゃったら、幸運の女神さまも、おいたが過ぎるよ)
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