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ゴールラインは遠かった

(青年が、Jリーグの試合を一緒に見に行く友達を、とある駅前の広場で待っている。
 駅ビルの電光板に文字ニュースが表示されている。そこに新しいニュースが流れる)

「ビッグカード実現! 鹿縞アントラーズ対ゴジラ 来年開催決まる」

男A 鹿縞アントラーズ? 怪獣アンギラスか何かの、入力ミスじゃないのか?

(表示がつづく)
「人間とゴジラの戦いが、ついにまったく新しいステージに。
 全国のサッカーファンとゴジラファンは、開催地北海道へ集結せよ」

男A ありゃ、まちがいじゃないみたいだぞ。

(友人がちょうどやって来る)

男B よう、久しぶり。
男A おう――。
 いま、あそこの掲示板に、わけのわからんニュースが出たぞ。鹿縞アントラーズ対ゴジラとか何とか。
男B
 ああ、それ、出がけに見たテレビで詳しくやってたよ。
 富士山のふもとに、ゴジラがたくさん生息してるじゃないか。
男A ああ。見に行ったことないけど。
男B あそこのゴジラを11匹招いて、アントラーズが試合やるらしいよ。
男A サッカーの試合を?
男B うん。
 ほら、なでしこジャパンが、相手チームとの体格差は、勝敗の決定的要因にならないということをみごとに証明したじゃないか。
 あれを超える感動をサッカーファンに与えられないかと、Jリーグが試しに1試合、企画したらしいんだ。
男A 体格差、大きすぎるだろうが! 身長いったい何十倍あるんだよ。
男B なでしこの選手たちだって、初めは大柄な相手に歯が立たなかったけど、だからこそ、差を克服する工夫や努力が感動を生んだわけじゃない?
 ゴジラとの対戦も、最初はボロ負けだろうけど、そんなふうに差を少しずつ克服していく姿を、売りにしようということらしいんだ。成功すれば、地球上でJリーグにしかない目玉カードになるし――。
男A まあ、きわめて日本らしいイベントであることは確かだけど。
男B ゴジラって、Jリーグ以上に外国で有名だから、ゴジラが11匹もかけ回るとこが見られるなら、ぜひ生中継させてくれと、海外から申し込みが殺到してるそうだ。
男A 日本がヨーロッパや南米に、サッカーの放映権を高額で売りつけられるなんて、たしかにめったに無い話だからなあ。
男B ゴジラも、東宝の仕事がこのところずっと無いから、二つ返事でOKしたらしいよ。近ごろは出稼ぎで、遠くアメリカ大陸まで行ってるんだとか――。(日本の人がむかし、仕事を求めてブラジルへ渡った感じかなあ)
男A でも、ゴジラ側は別に危険もなくて、お遊び気分で試合やれるだろうが、人間の選手のほうがよくOKしたなあ。
男B 出場選手には、一生遊んで暮らせるほどのボーナスが出るそうだよ。
男A ……その一生、すごく短くなるかもしれないけどな。

(Jリーグの広報が、試合の開催について記者会見を行う)

広報 先日、ゴジラ側と協議して、試合のルールを決定しました。まず、使う球ですけど、双方の選手が蹴れるサイズということで、直径1メートルの特製の球を使うことになりました。
記者A 1メートルの球? 人が足で蹴れるんですか?
広報 ものすごく軽い球なので大丈夫です。
 ゴジラにとっては、きっとピンポン玉を足で扱うような感じでしょう。
記者B (隣の記者Cに)人間にとっては、サッカーというより、運動会の玉ころがしに近いんじゃないか?
記者C サイドラインからのスローインなんか、金太郎の大岩投げみたいな感じだろうな。
 ゴジラは、あんな短い手で、ちゃんとスローインできるのかなあ?
広報 タッチラインの長さ、すなわち互いのゴール間の距離は、ゴジラの大きさと足の速さを考えまして、1キロです。
記者B なげえ!
記者C サッカーというより、ゴジラと戦いながら走るマラソンという感じだな。

(試合にそなえ、1メートルのボールでドリブルやパス練習をする鹿縞の選手たち)

選手A ドリブルは、蹴るというより、ボールを腹で押していく感じのほうが進みやすいな。
選手B ドリブルで前進してるときに、ゴジラが本気で削りに来たら恐いよなあ。
選手C 文字通り、からだを削られるぞ。
選手A 逆にゴジラがドリブルしてきたら、たとえ1対10で立ち向かっても、数的優位とは言えないな。
コーチ 何を弱気なこと言っとるんだ。ドリブルするゴジラを、逆に削りに行くくらいの闘志を持ったやつはおらんのか!
選手A いません。
選手B いません。
選手C この前、試合の研究用ビデオとしてもらったゴジラ映画を見たら、あいつ戦闘機や戦車の攻撃受けても平然としてるじゃないですか! 俺たちが丸腰で削れる相手じゃないっすよ。
選手B ノリで引き受けちゃったけど、やめてえなあ。
選手A ガタイの差に動じない、なでしこが代わりにやってくれないかなあ。

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