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プロ野球ストの真相

(たまたま人からチケットをもらって、球場へプロ野球を見に来た、会社の同僚の男ふたり。早く着きすぎて、雑談している)

 (センターの電光ボードを見ながら) 球場で野球を見るのは久しぶりだなあ。ボールとストライクの表示が、アメリカ流の順番になってから初めてだよ。
 俺なんかそれどころじゃない、10年ぶりくらいだ。前に来たのは、たしか選手会のストライキがあった年だからな。
 ストライキ……あったねえ。古田敦也が現役捕手で、選手会の会長をやってるときだったな。
 野球選手がストをして試合中止なんて、もはや二度とない事かもしれんけど。
 そういえば俺、あの事件について、ひとつ疑いをもってることがあるんだ。
 疑い?
 ストライキと、野球のストライクって、元の英語はおんなじだろ?
 ああ、そうだね。なぜか違う書き方になってるけど。
 古田という捕手は、とびきりの頭脳派として、現役時代、いつも「この打者はこういう配球で打ち取ろう」という、ちみつなビジョンを頭に描いていたと思うんだよ。
 ところが、現実のピッチャーには、「球のゆくえは球に聞いてくれ」みたいなノーコンがたくさんいるじゃないか。
 まあ、プロでも四球だらけで自滅しちゃう投手はけっこう見かけるな。
 「ここは何とかストライクだ、何とかストライクだ」という願いが裏切られ続けている積年のウップンが、球界の激動時に選手会長をやらされてるストレスのもとで爆発して、あのとき「ここは絶対ストライキだあ!」になっちゃったということはないかな?
 あるわけないだろ! 誰が付いていくか、そんな単細胞なリーダーに。
 でも、古田が選手たちにストライキを呼びかけた理由の1%くらいは、フォアボールを連発する投手への日ごろの怒りじゃないかな?
 あほ、ゼロ%に決まってるだろ。
 彼は、捕手として外国人投手とコミュニケートする機会が多かったから、頭のなかで、ストライキとストライクがきちんと同一化してた可能性はあると思うんだよ。
 そうかもしれんが、あんたとちがって、古田にはちゃんとフンベツもあるよ。
 俺だってフンベツあっての上だよ!
 まあ、そのことは置くとしても――「ストライキ」なんて変なカナ書きにするのはやめて、元の英語どおり日本語でもぜんぶ「ストライク」に統一したらどうだろか?
 外国語をカタカナ化するなら、仕方をまちまちにしない方がいいとは思うけど……。
 でも、プロ野球選手会が、「要求が通らなければ、我々はストライキを打つぞ」と言うかわりに、「我々はストライクを打つぞ」なんて言ったら、こっちは、「それはバッターとして大切なことだ」とうなずくしかないよ。
 そりゃそうだ。
 あれは、80年のプロ野球史上、初めてのストライキだったそうだけど、それを「80年のプロ野球史上、初めてのストライク」と言ったら、「日本のピッチャー、そんなにひどいのかい」になっちゃうぞ。
 うーむ……そこんとこは紛らわしいな。(買ってきたタコ焼きの包みを開いて食べ始める)
 そしたらさ、まずカナ書きを「ストライク」に統一しといて、特殊ジャンルである野球のほうをイジって、「ストライク」「ボール」を、「よし」「だめ」と呼ぶようにしたらどうだ?
 戦時中の、敵性語使用禁止かよ!
 せっかく過去に1回、日本語化してるんだからさ、それに戻せばいいじゃないか。「よし」のほうが、言葉としてずっと短くなるし。
 「田中投手、突然よしが入らなくなってしまいました」なんて言うのか?
 (しゃべりながら、Bのタコ焼きに手を伸ばす)
 それにしても、敵の言葉を禁止して、用語をぜんぶ日本語化したにもかかわらず、敵のスポーツの野球じたいは魅力があってやめられなかったんだなぁ。

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