B なんか虎の穴って、上納金は多くないし、裏切ってもムスっとするくらいの、わりと善良な悪の組織なんじゃないの?
A おまえは、虎の穴本部で行われてる、恐ろしい新人特訓のこと知らないからそんなふうに思うんだよ。
実はオレ、ある飲み会で伊達直太と話す機会があってさ。虎の穴本部での地獄の特訓について、チラッと聞いたことがあんだ。
B 地獄の特訓?
A ああ。腕の神経がマヒするまでの、ツッコミの右手の素振りとか、ビデオから夜通し流れるボケに対する、ツッコミ千本ノックとかな。
B (どこまでも根が体育会系だなあ)
A ボケ側の新人の特訓は、もっと悲惨だぞぉ。どれほど体調が悪いときでもボケられる力を養うために、ロープで逆さ吊りになって、1日中ボケを言わされるそうだ。
B 芸人というよりは、密教の行者に近いな。(訓練生のなかから、予想外に仙人が出ちゃったりしないの?)
A 訓練の最終段階では、どんな悪環境でもけっしてスベらない身体を作ることを目的として、油をひいた巨大な高温フライパンの上を、高ゲタで走らされたと直太は言ってたな。
B それができることに、実質的な意味はあんのか? 訓練そのものが、お笑い罰ゲームみたいじゃないか。
A しかし、過酷な訓練よりも恐ろしいのは、人間の変わりようだそうだ。
伊達直太は、その飲み会の席で、最後に陰鬱な顔でオレに言ったよ。
虎の穴で特訓を受けてるころ、ツッコミのタイミングなんかを丁寧に教えてやったかわいい弟分が、恐ろしい刺客に変わって、ある日、バラエティ番組ですぐ近くに座っている。
司会者には「かんべんしてくださいよぉ」なんて明るくオドけているが、こちらを見る目は氷のように冷たい。あんたにその気持ちがわかるかってな。
B わかるわけないよな。巨大なフライパンの上をゲタで走った経験からして、ぜんぜん無いんだし。
A そうした刺客たちを見ると、直太は虎の穴の本部にある、恐ろしい魔神像を思い出すと言ってたよ。
トラのからだに、ハゲタカの翼、ヘビの形の尻尾をもった、巨大な像だ。
B あ、知ってる。テレビか何かで見たことあるよ。あの像、いまもあるの?
A 前に正義のレスラーたちにだいぶ壊されちゃったけど、修繕して再利用してるみたいだな。経費節減のために。
B 悪の組織も苦労してるんだなぁ。
A プロレスからお笑いの世界へがらりと転じて、いまあの魔神像が象徴しているのは、「トラのように殺傷力のあるギャグ」「すべった芸人に舞い降りて破滅さすハゲタカの翼」「プロデューサーに取り入るヘビのずるさと執念」だそうだ。
B 中古品の像に、意味をアト付けしてるだけだろ。
A 魔神像の、右の前足の甲には、「いいかげんにしなさい!」というツッコミの言葉が書いてあるとか。
B その足、必要があれば、グワッと動くんだろか……。
本部は、プロレス時代と同じとこにあるの?
A いや、いまはインドのベンガルにあるって言ってたよ。
B まさに、虎の本場じゃないか!(それにしても、直太は何でもかんでもしゃべったんだなぁ)
A 前は、スイスのアルプス山中にあったわけだけど、さすがに今度はお笑い芸人の養成所だから、サムイところは避けたみたいなんだ。
B 落ちがあんのかい! いいかげんに、しなさい!(はたく)
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