演芸界の地下組織
(芸能記者をしている男が、学校時代の友人と居酒屋で飲んでいる。
酒がかなり回り、気がゆるんだせいで、一般人にしゃべってはならない話を口にし出す)
A ……ハハハ。鼻の穴といえば、思い出したけどさぁ。むかし、プロレスの世界に、「虎の穴」って恐ろしい組織があっただろ? 悪名高い、アンダーグラウンドの凶悪レスラー養成機関。
B ああ、あったな。
あれってたしか、正義の力で滅ぼされたんだよな。伝説のヒーロー、タイガーマスクが活躍してたころの話だっけ?
A そう、そうなんだ。それはそうなんだが――。
実は、大きな声では言えないんだけど、あの悪の組織の残党が、いまも脈々と活動を続けてるんだよ。
B ええっ? だけど、もはや悪役レスラーじたいが、そんなに金になる時代じゃないだろ?(正義のほうまで、きびしい時代じゃん)
A それがな、いまは活動の場を、がらりと変えてるんだ。オレがいつも取材してる、演芸界にひそかに入り込んで、新しい「虎の穴」を作ってるんだよ。
(言ったあと、恐怖感に襲われ、おびえた目で周囲を見回す。
近くの席に客がいないのを確認してホッとする)
B 虎の穴が、演芸界に?(ものすごい宗旨変えだなぁ)
A そうなんだ。よりくわしく言うと、いわゆるお笑いの世界なんだがな。今もやっぱり、ベールに覆われて実体がわからぬ、アンダーグラウンドのタレント養成機関として存在してるんだ。
子供たちがおおぜい、人身売買でこの組織に送りこまれてるという噂もあんだ。
B へえ。
しかし、あの虎の穴の残党だったら、もうだいぶ昔から活動してるってことじゃないの?
A そのとおりだよ。だから、虎の穴で訓練を受けた芸人たちが、すでに日本のテレビ界でかなり活躍してるんだ。
もちろん、業界のなかでも、だれが虎の穴出身者なのか、明確になってるわけじゃない。当人もそんなこと口にしないしな。でも、その芸風から、うすうすわかるんだ。
B どんな芸風なの?
A 虎の穴出身の芸人の、最大の特徴は、人を笑わすためなら、反則をまったくいとわないってことだ。
放送コードにひっかかる言葉を口にするなんてのは、まだ穏やかなほうでね。生放送中に、カメラの前で、けっして見せてはならないモノをぱっと見せたりすんだよ。
B わっ。
A これをテレビマンたちは、「パンツに隠していた凶器を出す」と呼んで、恐れてるんだ。
B ……。
いまも悪役レスラー時代の特徴を、かなり受けついでんだな。(そういうの、芸風って言うのか?)
A 前の組織の上層部が、そのまま今の組織へスライドして教えてんだから当然といえば当然のことだよ。
B でもそんな過激なことやったら、テレビ界から追放されちゃうんじゃないの?
A もちろん、すぐに謹慎処分になったりするけど、出演さすと異様におもしろくて、視聴率がハネ上がるんで、ほとぼりがさめるとユルユル復帰しちゃうんだ。
商業放送では、放送倫理だけじゃなく、経済原理も重要だったりするからなぁ。
B ふうん。
そういえば、芸とパンツと放送倫理で思い出しちゃったけど――。
今世紀に入って少し経ったころだったか、黒い皮パンツで腰をふる「ハードゲイ」という名前のお笑いタレントが、子供たちのアイドルみたくなったとき、オレ、もうこの瞬間以降の日本は何でもアリだぞぉと思ったなあ。
何かを根こそぎ変える、黒船の来航っていうか。(汽笛がフォー)
A ハハハ。たしかに、後世の歴史家はもしかしたら、テレビ界の年表をHG前とHG後に区切るかもしれんな。ああいうことの「セーフ」の範囲には成文法がないんで、しばしば過去の判例が顧みられるからなぁ。
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