駅員 ああ、それはだいじょうぶなんですよ。どの場所でも、空気がレーンとまったく同じスピードで動いてますから。電車のなかと変わりません。
ちょっと、天井をご覧ください。下と同じようにレーンが走行してますでしょ？
男 （かなり低い天井を見る） ああ、ほんとだ。
駅員 ずっとああして上と下のレーンを同スピードで走らせとくと、最後は、上下のレーンと、その間の空気が同じスピードで動くようになるんです。空気を止めようとする力は何もなくて、レーンによる引きずり力だけがいつもあるんで。
走ってる電車のまわりの空気が引きずられちゃうのと同じですね。
一つのレーンの両どなりのレーンは、片側が空気ちょっと速め、片側がちょっと遅めで、横にもむろんバランス状態になってます。
あっちの壁と、反対側の壁が逆向きに動いてるこのしくみを、専門家は「クエット」と呼んでます。意味はよく知りませんけど、流体の速度が各所できれいに傾斜分布するよく知られた現象らしいんです。
男 ふうん……。
動きが速すぎてよく見えないんですけど、あの遠くの、最後の壁のところには何があるんですか？
駅員 壁のところには、幅３メートルほどのレーンがあって、そこに座席がたくさん並んでます。
レーンと、壁と、そこの天井は、「コ」の字形に一体になってまして、それが時速300キロで走行してるんですね。まさに、新幹線や旅客機の中みたいな感じです。サービス員も乗ってます。
男 話をうかがってる間に、レーンを渡ってたあの人、もう見えなくなっちゃいましたね。
ここからあの壁のとこまで行くには、どのくらい時間がかかるんですか？
駅員 慣れた人だと、１レーンを数秒で移動できますので、全100レーン渡るのに５分くらいです。
リニアモーターカーなんかだと、５分どころか１分ちょっとで速度を300キロくらい変えちゃいますが、さすがにそうはいきませんで。（笑）
男 上の看板に、東京－大阪間が１時間半だと書いてありましたけど……。
駅員 ええ、距離が400キロありますんで、時速300キロのスピードだと１時間20分かかります。ほかに、レーンを渡るのに東京と大阪で５分ずついりますから、合わせて１時間半くらいなんです。
実際は、渡っている間だって目的地へ進んでるので、もっと短時間で着きますけど。
男 時速300キロで１時間20分か――。
あの向こうに、レーンをさらに足したら、最高速度はもっと上げられるわけですね。
駅員 そうですね。列車とちがって、前面にぶつかる空気とか、周囲への騒音といった問題がないんで、そのへんは楽ですね。レーンの数を２倍、３倍にして、最高速度を時速600キロとか、900キロにしようなんて声もあるんです。
時速900キロだと、旅客機に乗っているのとほぼ同じ状態ですね。青森と下関のあいだだって、２時間くらいで結べちゃいます。
もっとも、レーンを渡りきるのがえらいことですが。
男 向こうへ行くのに、もう一つ乗り物がいるな。（笑）
駅員 今も、座席のとこへお弁当なんかを運ぶのに自動運搬車がレールをわたってるんで、不可能ではないんですがね。
汚い話ですが、ときどきトイレ部のパッケージなんかも、座席のとこからこちらへ運んでるんです。
もっとも、たった５分でホームへ戻って来られますから、一人で乗ってるお客さんはあっちの狭いトイレなんかあまり使いませんが……。
男 そうするとこの新幹線は、一つのホームがずっと続いてるだけで、駅というものはないんですか？
駅員 ええ、降りたい場所が来たら座席から低速レーンへ移って、位置を見計らってホームへ降りて、エレベータで地上に出るだけなんです。
行き過ぎても反対車線で戻ればいいですしね。好きな場所で乗り降りできます。
自分の所に何とか新幹線を止まらそうという、政治的な争いも起きないわけでして。（笑）
男 でも、あの座席に座って、もしぐうぐう寝ちゃったら、終点ではどうなるんですか？
駅員 このホームの最後のとこは、なめらかに広がって、大きな円形の広場になってるんです。レーンや座席はその周りをぐるっと回って、反対車線になります。
だから、ずっと寝てると、元に戻っちゃいますね。これはいわば、日本一でっかい環状線なんですよ。
男 （背を向けていた反対車線の方をふり返る。すると、レーンの上を走っている中年男がいることに気づく）
あれ、あのおじさん、おかしなことしてますねえ。短パン履いて、レーンを逆走して、ハアハア言ってる。まるで、ルームランナーに乗ってトレーニングしてるみたいだ。
駅員 今日は天気予報が外れて、ひどい雨になったから、ここでマラソンの練習でもしてるんだな。ああいうおかしな新幹線利用はこまるんですよねえ。
きのうは、レーンの上で子供と並んでかけっこやってるお父さんがいましてね。子供は足が遅いんで、レーンのスピード差をハンデに使って、親子で徒競走やってるんですよ。
男 のどかなことを……。
入場料や短距離料金、もっと高くしたほうがいいんじゃないですか？ みんな、遊びに入ってきちゃうでしょ。
駅員 座ってお弁当を食べながら、レーンをゆっくり流れていく一家も見かけたなあ。げらげら笑いながら。
まったく、新幹線というものを何だと思ってるんだ。
男 ははは。まあでも、それは車内でお弁当食べてるみたいなもんでしょ？
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