各停列車よりキメ細かく、新幹線より速い
(20XX年某日。とある一人の男が、新しくできた東京の地下商店街を歩いていると、
「青森-下関直通新幹線のりば」
と表示された自動改札口に出くわす。横のプレートに、
東京-大阪間1時間半
待ち時間ゼロで乗れて、沿線ならどんな場所でも乗り降り可能
と書いてある)
男 そういえば、大深度地下に最近、新しい別の新幹線ができたという話を聞いたな。オレはまるで世事にうといから、具体的なことは何も知らないんだけど。
(自動改札はゲートが二つだけの、こぢんまりしたもの。駅員はおらず、両側は一般店舗になっている。改札の向こう側にエレベータのドアが見えている。
男は、改札横の、花屋の店員に尋ねる)
男 改札口しかないけど、ここからただ降りれば、新しい新幹線に乗れるんですか?
花屋 ええ、鉄道のカードでそこから入って、下で乗って移動して、好きな所で地上に出ればいいんですよ。
男 座席の予約なんかは、下でやるんですかね。
花屋 座席は無数にありますから、空いてる好きな席に座ればいいんです。電車みたいに、全体の長さが限られてるわけじゃないんで。
男 えっ? これ電車じゃないんですか?
花屋 あ、お客さん、この新幹線のことまったくご存じないんですね。
説明を聞くよりも、実際に乗ってみるほうが早いですよ。この道を30メートルくらい行くと、次の改札口があるんですが、何ならここからそこまで乗ってみてはどうですか?
男 たった30メートル先の所まで、新幹線で行けるんですか?
花屋 ええ、ばかばかしい乗り方になっちゃいますけど、体験するだけならね。そのくらいの距離だと、入場料と同額で、百円ちょっとだったと思います。
もちろん、時間とお金があれば、そのまま青森や下関へ行っちゃってもいいんですが。(笑)
男 ?? 言ってることがよくわからないけど、近くまででも乗れるなら、ちょっと試してみようかな。
花屋 下に駅員さんがいるから、乗り方を聞くといいですよ。ほんとは駅員という呼び方はおかしいんですが、慣れた呼び方なんで、みんなそう呼んでるんです。
男 ……ますますわからないけど、まあいいや。
お仕事中に、どうもすいませんでした。
ええと、それじゃ、そこの小菊を1本もらえますかね?
花屋 いえいえ、気を使わなくていいですよ。
(カードを入れて改札を通り、エレベータで地下へ降りる。高速で、あっという間に着く。ドアから出て、思わずのけぞる)
男 うわっ、何だこのとんでもない光景は!
(電車のホームに似たものがあるが、ホームに行き止まりがなく、帯状にどこまでも続いている。
ホームの両側には、線路の代わりに、それぞれ無数の歩道レーンが連なり、みな違った速度で動いている。レーン群のかなたに、高速で横に走る壁のようなものが見えている)
男 (ホームにいる駅員らしき人に尋ねる) ええと、この乗り物はどうやって利用したらいいんですかね?
駅員 ああ、初めての方ですか。利用は簡単で、あの動いてる歩道のレーンを、次々に向こうへ乗り移っていただけばいいんですよ。
一番手前の歩道は時速3キロで動いてまして、その次のレーンは時速6キロ、その次のレーンは9キロというふうに、隣り合うレーンは、みんなスピードが3キロ違いになってるんです。
男 なぜ3キロ違いなんですか?
駅員 人がゆっくり歩く速度が、時速4キロほどなんで、だれでも楽に乗り移れるように、それよりも小さな速度差にしてるんですよ。よくある動く歩道に乗り移るくらいのスピード差ですね。
だから隣のレーンへは、あんなふうに簡単に移っていけます。(どんどん移動している人を指さす)
男 レーンがやたら並んでますけど、全部で何本あるんですか?
駅員 片側100レーンです。
男 速度が3キロずつ違ってて、レーンが全部で100本あるということは……。あの壁のとこは、ひょっとして時速300キロで走ってるんですか?
駅員 ご名答です。我々はこれを「ちりも積もれば山となる加速」と呼んでます。
もっとも、近場へお出かけだったら、あの壁まで行かなくても、途中の適当なスピードのレーンに乗って、またこっちへ帰ってくればいいんですけどね。
男 だけどあっちの高速レーンの方じゃ、からだに当たる風が、ものすごいんじゃないですか?
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