それは何個分?
(オフィス街近くの居酒屋での、サラリーマンの会話)
A そういえば、こんど思いきって、土地を買うことにしてねえ。
B お、そうなんだ。やるな。
たしかに今はわりと、いい買い時かもしれんな。(梅入りイモ焼酎を口に運ぶ)
A 通勤に便利な場所に、160平米ほどの土地が、けっこう安く見つかったもんだから。
B 160平米か……ええと……オレ、どうも平米っていう単位、ピンとこないんだよなぁ。何か具体的なものじゃないと。
その土地、たとえば東京ドームの広さを基準にしたら、どんな感じなんだ?
A 東京ドーム? ドームと比べるような大きな土地じゃないぞぉ……。
まあでも、オレが買う土地、球場の内野あたりに置いたらどんな大きさなのか、ちょっと興味はあるな。
(携帯端末で東京ドームの広さを調べ、電卓計算する)
A 大きさのたとえで、よく東京ドームの広さと言ってるのは、客席や建物も含めた広さなのか……。
ポン、ポン、ポンと――ええと、オレが買った土地は、東京ドームで言うと、1000分の3.42個分の広さだ。
B 1000分の3.42? そりゃ、かなり広い土地を買ったんだなあ。二世帯住宅だって建てられるじゃないか。
駐車場を2台分作ったら、ちょっとキツイかもしれないけど。
A ……1000分の3.42と聞いたとたん、そんなにナマナマしくわかったのかよ。
おまえの頭のなか、どんだけ東京ドーム化してるんだ?
B いやあ、オレ実は、小は切手の面積から、大は銀河系の大きさまで、東京ドームのサイズ基準で覚えちゃってる人間なもんだから。ははは。
A 切手の大きさが東京ドーム基準でわかると、何かいいことあんのか? そんなんでスッと実感がわくっていうのは、一種の超能力だぞぉ。
それじゃ、どうでもいいことを一つ聞くけどさ――。
(酒が回り、話の内容がだんだん劣化していく)
A よく、「猫のヒタイほどの土地」って言うじゃないか。
あの「猫のヒタイほどの土地」ってのは、東京ドーム何個分なんだ?
B そりゃ難しいなぁ。すごく厳密な人は、ほんとうに猫のヒタイの面積を言ってるだろし、滅茶苦茶ケンソンな北海道の人が「いやあ、ウチの土地なんて猫のヒタイほどですよ」と言う場合は、もしかしたら球場サイズかもしれん。
A そうか……。考えてみると、猫のヒタイの面積というのは、これほど科学が発展しても、我々が知り得ていない数値の一つなんだな。
原子の大きさまでわかっても、案外、身近なとこにナゾが残ってるんだ。
B そもそも猫の顔にあって、どこまでが「ヒタイ」で、どこからが「頭髪」なのかというのは、我々だけで決められることじゃないだろ? 猫の意見も聞かないと。
だれかが猫のおでこをコショコショしてだなあ、そのとき、猫がヒタイに触れられた気持ちがするか、頭髪に触れられた気持ちがするか、聞いてみないと。
そこは、原子や素粒子の研究にない難しさじゃないか?
A そうすると、今世紀中にはわからんかもしれないな。猫がそうとう進化しないと、そんな複雑な質問はできんだろ。
(湯豆腐をハフハフしながら口に入れる)
A これまで何匹も猫を飼ってるオレの、素朴な印象としては、猫のヒタイは、まとめてそれこそ切手1枚分くらいじゃないかと思うんだが。(あのヒタイの狭さ、うらやましいんだよなオレ)
B 切手の面積だとすれば、およそ東京ドーム1億分の1個分だね。
切手と、東京ドームの広さの比は、人ひとりと、日本の人口の比に相当するんだ。けっして役に立たない知識として覚えておきたまえ。
A へえ、そうなんだ。たしかに覚えやすくて、たしかに役に立たないな。
まあ、切手1枚の広さの土地なんて、アリの不動産屋だって、狭くてよう扱わんけども。
(ホッケをほじって身を取ろうとするが、うまく取れないので、めんどくさくなってかじりつく)
A 小さいといえば――小学校のころ、顕微鏡で微生物を見たじゃない? たとえばゾウリムシなんてのは、東京ドームを基準にすると、どのくらいの大きさになるんだろか……
(そんな話を、さらに20分ほど続けたあと、二人は店を出ていく)
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