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青年 ふうん――じゃあ、せっかく来たから、せんべい買ってみようかなぁ。
屋台 ありがとうございます。一束150円です。
 クマが寄って来ましたら、すぐにはせんべい与えずに、せんべいを手で高く掲げてくださいね。そうすると、クマがちょこんとおじきをしますんで。
青年 (そこまで奈良化してんのか)
屋台 そしたら、せんべいやってください。爪先で、慎重にせんべいだけつまんで、パクっと食べて愛想笑いしますよ。
青年 愛想笑い? 食べに来るの、ほんとにヒグマなんですか?
 人が中に入ってる、ゆるキャラのクマ太郎か何かが、あの森で待機してるんじゃないでしょうね。
 そんなのがダーっと走ってきたら、ボク、とび蹴りしちゃいますよぉ、けっこうな入場料だったんだから。
屋台 いやいや、ちゃんと、恐~いヒグマです。うちは真面目な商売がモットーです。
青年 話がさっきと一貫してないけど……。(まあいいや、この人たちがピンピンしてんだから、思いきって行ってみよう)

(原っぱを森のほうへ歩いて行く。
 しばらく進むと、森のあちこちからヒグマが十頭ほど現れ、せんべいめがけて突進してくる)

青年 ぎゃああああ、ほんとにでっかいヒグマだあ! (反射的に、屋台のほうへ逃げ出す)
屋台 (メガホンで叫ぶ) ヒグマに背を向けて逃げないでくださ~い。そういう動きをしますと、ヒグマの野生の本能をよみがえらせて危険で~す。
青年 やっぱ、危険なんじゃないかよぉ。(後ろを見る) 全力で走ったってすぐ追いつかれるな。ここは覚悟を決めるしかねえ。

(立ち止まり、震えながらふり返る。あっという間に、ヒグマの群れに取り囲まれる)

青年 恐ええ~。
 不良グループのカツあげどこじゃねえ。
屋台 せんべいを、高く掲げてくださ~い。

(言われるまま、ふるえながら、せんべいの束を頭の上に掲げる。
 すると、取り囲んでいるヒグマが、四つん這いの姿勢で、みな頭をちょこちょこと下げ出す)

青年 おお! これはまるで、だしぬけに印籠をかざした、水戸黄門のようだあ。
(ヒグマをぐるり見回す)
 自分よりずっとでかい、たくさんのヒグマに囲まれて、おじぎをされるのは、新鮮な感覚だな。これは、一度経験すると、やみつきになるかも――。
屋台 あんまり長くは、じらさないでくださ~い。
 ちゃんとせんべいをもらいに来るよう、どのヒグマも空腹気味にさせてますから、長くじらすと危険で~す。
青年 あの人は、ここへ来る前に言っとくべきことを、いま次々に言うなあ。

(クマの様子を見て少し余裕が出て、せんべいを1枚ずつに分け、それぞれに与える。爪ではさんで受け取るクマたち。順番が次のクマは、もみ手をしている)

青年 よかった、全頭ぶんあったぞ。

(食べ終わったクマが、顔を上げ、ほほを引きつらすような表情をする)

青年 あ、これが愛想笑いなのか。これは不気味なだけで、されてもあまりうれしくないな。
 もう無いよ、無いよ。

(空の両手を振って見せると、クマたちはおとなしく森に帰って行く)

青年 ああ、死ぬほどびびったけど、死ぬほどおもしろかったなあ。すごくよく、しつけてあるのはほんとだヮ。
(手の指から、少し血が出ているのに気づく)
 さっきクマにせんべいやるときに、ちょっと爪で引っかかれたんだな。
 たいした傷じゃないけど、血のにおいを出すって、もしかしてクマには危険なんだろか――。

(クマが一頭、森から飛び出して、ものすごい勢いで走ってくる。目を血走らせている)

青年 ぎゃああああ。(やっぱりこんなとこ来るんじゃなかった。もうせんべい無いから、ついにこのオレがおせんべに……)

(足をガクガクさせながら立ち尽くす。
 突進してきたクマが、青年の前で急停止し、しゃがんで、いきなり土下座をする)

青年 何だぁ?
 あ、このクマ、たしかさっき、うっかりオレの手をひっかいたクマだな。耳のとこが、ちょっとハゲてるやつだったから。
屋台 そのクマ、お客さんに何か、失礼をしたんじゃありませんかあ? 深くおわびしてますんで、許してやってくださ~い。
青年 ちっちゃい傷だから、もともと怒ってませんよお。

(頭を地にすりつけるクマ)

青年 こんな傷で、そこまで謝らんでもいいのに。もう十分だよ、うちの猫なんか、もっと過激なこと平気でやるから。
 どうしたら、これ終わるんだろう?
 しかし、こういう珍しいアングルでクマの背中を見たことなかったけど、背中がやっぱり大きいなあ。何だか、あの上に、ぽーんとダイブしたくなるヮ。
 広くて、毛でふかふかで、うつぶせに横たわったら気持ちよさそうだ。とつぜん背中にダイブしたら、さすがに怒るかなあ。
 あ、残りのクマが、森から心配そうに見てる――。

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