先ほどは申しわけございません
(夏休みを利用して、北海道を一人旅している青年。宿の近くに、名物のクマ牧場があることを聞き、訪れる)
青年 すいませ~ん、宿で勧められて来たんですけど、ヒグマを見せてもらえますか?
牧場の人 どうぞどうぞ。今日、一番めのお客さんですよ。
(入場料を払い、囲いを開けてもらって牧場に入る)
青年 ええと、ヒグマはどのへんで見られるんでしょうか。
牧場の人 あそこの森のとこに、いま大きな建物を建ててるのが見えますよね。
青年 ええ。
牧場の人 あの手前に、うちの者がおりますんで、まずあそこへ行っていただけますか?
青年 わかりました。
(建物に向かってとことこ歩く)
青年 あの建物、屋根がまだできてないけど、クマはもう入ってるんだろか?
(建物の前へ行くと、小さな屋台がいくつか出ている)
屋台の人 お客さん、ヒグマせんべいをお買いくださ~い。
青年 (入場していきなり、みやげの売りつけかよ。入場料もけっこう高かったじゃないか。この牧場、商魂たくましいなあ)
まだ、クマ見てないんで、あとで寄りますよ。
(せんべいをちらりと見る)
青年 あれ、ヒグマの形でもしてるのかと思ったら、ただの丸いおせんべなんだ。
10枚くらい、紙で十字に束ねてある。これはどこかで見たような……。
屋台 お客さん、うちはこれ買わないと、ヒグマ見られないんですよ。
青年 えっ、何それ?
屋台 これは、ヒグマの好きなにおいをつけたおせんべなんです。
これを持って、あの原っぱへ行ってもらうと、森からヒグマがたくさん出てきますから。
青年 森からって――ヒグマ、オリに入ってるんじゃないんですか?
屋台 うちでは、牧場内でヒグマを放し飼いにしてるんです。
ほら、奈良公園で、まとわりついてくるシカにせんべいやるっていうのが、名物で国際的に人気あるじゃないですか?
うちもあれにあやかろうと思って、ヒグマで同じこと始めたんです。
青年 シカとヒグマじゃ、動物の性質がぜんぜん違うでしょうがぁ! (ぎょっとして周囲を見回す)
ヒグマと人をふつうに交流させてる牧場なんて、聞いたことありませんよ。(きょろきょろし続ける)
屋台 もちろん野生のヒグマじゃ危険ですけど、うちの牧場のヒグマは特別なんですよ。
生まれた時から、徹底的に厳しくしつけてるんで、人間にすごく従順なんです。
その従順さは、まちがいなく、忠犬ハチ公を上回るレベルです。
青年 ほんとですかあ?
屋台 絶対安全でなきゃ、私らだって、森のすぐ近くで毎日座ってられませんて。
青年 そうすると、あそこに作ってる建物は、クマを飼ったり見せたりするための施設じゃないんですか?
屋台 ああ、あれは、奈良ほど大きくないですけど、大仏殿なんです。
やっぱりこういうおせんべ売ってる横には、大仏殿がないと雰囲気が出ないっていう人が多いんで、建てることにしたんですよ。
青年 考える順番が、思いきり逆でしょ! おせんべ売るためだけに、大仏作るなんて、すでに悟りを開いたお釈迦様だってガーっと怒りますよ!
屋台 そんなこと言ったらあなた、日本にいっぱいいる、キリスト教式ウエディングのためだけの西洋人のニセ牧師なんか、キリスト様、激怒してるでしょうが!
青年 それはすいません。(なんでオレが謝るんだ?)
まあ、そのへんは、望まれてやってることですから……。
だけど、シカみたいにヒグマにおせんべあげて、ほんとに大丈夫なんですか? せんべい差し出す人間ごと、クマのおせんべになっちゃいません?
屋台 うちのクマでは、絶対にそんなこと起きませんから。
青年 もしかして、たくさんお墓を作る必要が出てきたために、ここにお寺作ってるんじゃありませんか?
屋台 まさか。ほんとにすごく安全なんですって。
私なんか、お客さんがいないヒマな時は、森からちょっとヒグマ呼んで、肩をたたかせたりしてるんですよ。
青年 ほんとですかあ?
屋台 そんな力加減まで、ちゃんとしよるんですよ。
ほら、牧場の周りに、厳重な囲いを作ってるでしょ。あれは、万が一にも、外から野生のヒグマが入らないようにしてるんです。うちのヒグマに対しての囲いじゃないんです。
このなかのクマでは、危険なことは一切起きてません。のんびりここに座って、せんべい売ってる私らが、その何よりの証拠ですよ。
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