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 はい。
 ボクのは、「恐怖のトイレットペーパー」っていう話なんです。
柳川 あのさ、前の人がつけたからって、無理に話にタイトルをつけなくてもいいんだよ。(だいたい、「恐怖の徹子の部屋」とか「恐怖のトイレットペーパー」なんて、怪談というよりは、出落ちみたいなタイトルだろ)
 はあ。でも、まさにこのまんまの話なもんで――。
柳川 ああそう。そりゃ失礼。どうぞ続けてください。
 ええと、これはもう、5年くらい前の出来事になるんですけど――。
 当時、ボクはあるアパートで一人暮らしをしていたんです。かなり敷地の広い、大きなアパートでして、ボクの部屋は1階でした。
柳川 ふむふむ。
 そこは新築で、ボクは初代の入居者として入ったんですが――そのアパートは、これからお話しする奇怪な事件のために、築1年も経たないうちに取り壊されて、すでに存在していないんです。ほんの一部分を除いて――。
柳川 えええっ?
 その土地にはもう、人が住むような建物が建てられることは、おそらく永遠にないでしょう。
柳川 おお、来た来た。最後についに来たぞ。
 トイレットペーパーって聞いたときは、ちょっと心配になったけど、新築のアパートを1年も経たずに取り壊すとは、何かよほど恐ろしい事件があったんだな?
 ええ、その通りです。その発端が、ほかならぬボクの部屋だったんです。
 それは入居して、半年くらい経ったころでした。トイレで、ふと奇妙なことに気づいたんです。あれぇ、そういえばオレ、ここに入居して以来、トイレットペーパー、1回も新しいの入れたことないじゃないかって。
柳川 一人暮らしだから、あんまり減らないんじゃないの?
 いくら一人だからって、ふつうに半年も使ってたんですよ。しかも、マヌケなことにそのとき初めて気づいたんですけど、分量が、最初に見たときから少しも変化してないんです。
 入居したとき、すでにペーパーが入ってたんですが――3分の2くらいの巻き量ですかね、それが、半年使い続けても、そのままの残量なんですよ。
柳川 ありゃあ――。
 それで、そんなバカな話があるわきゃないと思って、紙をどんどん引っぱってみたんです。でも、引いても引いても、残量がまったく減らないんですよ。
柳川 うわ。
 恐くなって、両手でものすごい勢いで紙をたぐり寄せたんですけど、引くだけ、いくらでも出てきちゃうんです。
柳川 うわああ。(最後の最後に大漁かもしれん)
 ついにはトイレルームが、腰のあたりまでトイレットペーパーで埋まりまして――。
 ボク、頭のなかが真っ白になって、誰か助けてくれえってトイレの小窓から叫んで、そのあと気絶しちゃったんです。
柳川 ……ええと、何から、助けてほしかったんだい?
 何からって、真正面から聞かれると困るんですが――。
 その、よくわかんない状況からかな?
 それで、ボクの叫び声を聞いた隣の部屋の人が、ベランダ側のガラスを割って入ってくれて、ようやく助け出されたんです。
柳川 ああ、そう。(紙を引っぱるのをよして、そのままトイレから出てくればいい気もするけど)
 そのあと、騒ぎを聞いて集まった住民みんなで、交替交替にトイレットペーパーを引っ張っては、恐がってたんです。
 そしたら、あとから駆けつけた大家さんが――この方は、熱海の生まれだそうなんですけど、これは温泉の発見に等しいぞって言って。
柳川 その人は、ぜんぜん恐がらなかったんだ。
 ええ。それで大家さんは、お金を払って住民をみんな引っ越させて、そのトイレの所以外、アパートをすべて壊しちゃって、代わりにトイレットペーパー工場を建てたんです。
 いくらでも出てくるペーパーのとこに、超高速の巻き取り・切断装置を付けまして。それでペーパーを巻き替えて、きれいに包装して、今はもう全国で販売してます。「アース・フレンドリイ」っていうブランドです。
 あ、うちも使ってるう。
 肌ざわりがシルクみたいでいいよね。
 売ってるとこが少ないから、行くと20個くらい買いだめしちゃうんだ。
 そんなに使ってる方、多いんですかぁ。あのトイレットペーパー、森林をまったく切らずに作ってるんですよ。
 トイレットペーパーはみんな再生紙で作られてるといっても、まったく森林に影響がないわけじゃなくて、アース・フレンドリイによる二酸化炭素の排出削減効果は――。
(柳川がにらんでいるのに気づく)
 ええと、すいません。話は以上です。
柳川 あんたねえ、恐い話の会にやって来て、大トリで、地球に優しい話してどうすんだよ? エコはエコでいいけどさあ。
 もう――こんな話ばっかり集まってくるんだったら、怪談の会ってタイトル、変えようかなあ。

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