恐いお話も少々
(怪談の第一人者、柳川淳三が、若者を集めて、彼らが体験した恐い話を聞く会を開いている)
柳川 それじゃ、次の人いこうか。
A はい。
ええと、これは「恐怖の徹子の部屋」って話なんです。
柳川 ちゃんとタイトルがあんだ?
A そうですね、自分の心のなかで。
3ヶ月くらい前のことなんですけど、日曜の朝に、NHKの将棋番組を見ようと思って、テレビをつけたんです。そしたらそこで、「徹子の部屋」をやってんですよ。
柳川 NHKで「徹子の部屋」を?
A ええ、そいで、変だなと思ってチャンネル変えたら、どの局を見ても「徹子の部屋」なんです。
ゲストは、歌舞伎役者だったり、ジャニーズの歌手だったり、デーブ・スペクターだったり、いろいろなんですけど。
柳川 (共通点は、日本人であることくらいだな)
A 業界全体レベルの放送事故だろうか、それともボクの頭がおかしくなったんだろかと恐くなって、隣の父の部屋に駆けこんだんです。
柳川 ふむふむ。
A そしたら何と、そこが丸ごと徹子の部屋になっていて、徹子さんが座ってて、「今日のすてきなお客様は、檜田杉夫さんです」――どこからか、ルールル、ルルル、ルールルっていう、あの音楽が流れてきて。
ぎょっとして後ろのドアに手をやったら、いつのまにか鍵がかかっててビクともしないんですよ。
柳川 うわあっ。
ところで檜田杉夫って、誰だい?
A うちの父親です。ふつうのサラリーマンです。
柳川 ああ、そう。
A そしてそのまま、徹子さんのたくみなリードのもと、その部屋で父親の半生を10時間聞かされたという――。
柳川 ……。
A 子供のころ、ガキ大将にいじめられて泣いた話から、淡い初恋の話、新婚旅行の途中で母にひっぱたかれた話、つい先日、会社で上司に怒られた話なんかを、細かく――。
柳川 そりゃあ、へたな怪談より、はるかにぞっとするな。
A 徹子さんも、さすがに疲れて、途中ウトウトしてましたが、おやじは徹子の部屋に思いがけず出たもんだから、浮かれちゃって、しゃべり倒してました。
柳川 でも、あの徹子さんが、特に有名人でない人の話を10時間も聞いてくれるなんて、名誉なことだぞ。
A それはそうですね。
終わったあと、徹子さんに車をお呼びして、お見送りして家へ戻ったら、部屋もテレビも元に戻ってました。柳川さん、あれは夢だったんでしょうか?
柳川 知らないよ、そんなの。
A ボクの話は以上です。
柳川 あ、そう。
恐いといえば恐いんだけど、いわゆる怪談とはズレてる話だったなあ。
そんなにあちこちで徹子の部屋やってんだったら、ボクもまたちょくちょく出してほしいよ。
じゃあ、次の人行こうか。
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