Site title 1

物事、初めが肝心……ではない
(2016/9/14)

 SONY、HONDAといった、日本が世界に誇るブランドがある。
 これに対し、某国に行くと、「SQNY」のラジオ、「HONGDA」のバイクといったものを売っているという。

 「ニョロ(~)」や「G」を、ちょいと書き足したブランド名。こういうのを見て、「本物と見まちがえて」買う人は、どれほどいるのだろう? 実害はそんなになさそうに思われ、ただただ、笑ってしまう。

 この種のことは、ふつう、こっそりなされる。しかも、当のブランドの国ではなく、遠い外国の市場でなされる。ところが、世には、まことに大胆な例外もあり……。

 「がきデカ」(山上たつひこ)という人気漫画が、かつてあった。タイトル通り、おまわりさんならぬ「こまわり君」という、少年警察官が暴れまわるギャグ漫画である。

 週刊少年チャンピオンの、この大ヒット作に対し、ライバル誌で、やはり警察官が暴れまわるギャグ漫画を――つまり、非常に大ざっぱに言うと、ラジオに対してラジオを――何と「山止たつひこ」という作者名で描き始めた人物がいた。

 「山上」→「山止」は、名前の作り方が、「SONY」→「SQNY」とまったく同じ。相撲でいえば、「けたぐり」で1回勝てばいいやという戦い方に見えた。

 ところが……。

 「がきデカ」の連載は、そのあと数年で終了した。
 しかし、SQNY的に世に現れた「おやじデカ」漫画のほうは――そこから実に40年間、連載が続いたのである(オギャアと生まれた子が、不惑の年になる年月だ)。
 もちろん、あの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」である。

 「おまわりさん」→「こまわり君」の場合、おまわりさんはこの模倣を静観したのだったが、「山上」→「山止」の場合、山上たつひこは正式にクレームをつけたそうで、作者名は途中から、本名の「秋本治」に変わった。
 シャレの世界のほうが、シャレにむしろ厳しかったという……。

 「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の初掲載を、私は週刊少年ジャンプ上で読んでいる。出落ちのような作者名を目にして、泡沫マンガ感を強く抱いたあとの、しかし、漫画のなかみ自体は非常におもしろかった。

 「がきデカ」とも、他の漫画ともぜんぜん違う魅力があり、なぜこんな作者名にしたのだろうと思った。そのおもしろさはずっと続いたので、単行本も出たときにすぐ買った。だから、今も残してある最初期「こち亀」は、みな「山止たつひこ」名義である。

 増刷以降はすべて「秋本治」名義に変えられたから、そこそこ貴重本になっている。少なくとも、SQNYのラジオやHONGDAのバイクよりは、価値があるにちがいない。

 そんなわけで、この前代未聞の長寿漫画が、今月17日ついに連載終了するというニュースには、やはり感慨ぶかいものがあった。40年なんて、あっという間だなあという感慨とともに。

 個人的に、「公園前派出所・更生の法則」と名づけているものがある。
 中川巡査にせよ、麗子巡査にせよ、さらには大原部長さえも、初登場のときは異常・非常識な人物なのだが、両津巡査長とからむうち、だんだんみな常識人へ変化していくのである。

 「人のフリ見て、我がフリ直せ」ということであろうか。あの派出所は、更生施設のようなところだと思う。無くしてしまっていいのか。

 秋本治の偉大さは、単に一つの漫画を40年続けたことというより、人気が落ちれば非常にシビアに切られる週刊少年ジャンプで、60歳をはるか超えてなお、「現代の少年」を引きつける漫画を描けてしまったことにあろう。

 今回の連載終了にしても、人気の低下が原因ではまったくなく(編集部は終了に反対だったという)、単行本200冊、連載40年という、その「次」が考えにくい大きな区切りを、両さんの美しい花道にしようという、じつに葛飾・江戸っ子的な感覚によっているのである。
 何と、かっこいい終わり方だと唸らずにおれない(最初は、あんな出だしだったのに……)。

 「山止たつひこ」という、クレーム必至な「ちょっと書き加え」名から出発した人が、このような巨大な存在になったことを思えば、SQNYやHONGDAにだって、明るい未来はあるかもしれないのである。
 もっとも、成功のためには、早くこういうパクリ名前から脱却すべきなのであるが……。

目次へ