組閣の日、政治生命をかけて
(日本○○党の屯田九郎――とんだ・くろう――首相が、第2次屯田内閣を組閣。
次の日、官邸で朝刊を手に取る首相。1面に載っている組閣の記念写真を見て、仰天して、持っていたお茶をひっくり返す)
首相 なんだこりゃ? 印刷ミスか?
(思わず目を近づけたあと、遠ざけてよく見る)
ちがう。汚れなんかじゃないぞ。
おーい、おーい中村君。たいへんだ、ちょっと来てくれ!
秘書官 何でしょう?
首相 これを見ろ、きのうの、閣僚の記念撮影だ。
秘書官 ええ、それがどうか……
首相 わしの頭の上に、つのが――指が1本立っておるではないか。
秘書官 ええ? ゆびぃ?
(新聞を手に取る)
あ、ほんとだ。でもまさか――。
いや、たしかに指だ。
首相 この指は明らかに、後ろの大童末吉が出しとるぞ!
最初、写真のなかで一人だけ、妙にニコニコしてるなと思ったが――よく見れば、にこやかというより必死で笑いをこらえてる顔だ。
ううん。これは夢か? 夢みたいにばかげた話だ。いや、こんなばかげた夢はないな。
秘書官 ……。
首相 主要閣僚だから、わしの横の位置でどうだと言ったら、後段でけっこうですなどと言いおって、そのくせ後ろでは妙に真ん中にこだわると思ったら、すべてはこのためだったんだな。
まったくとんでもないやつだ。中学生のいたずらみたいなことしおって。中学生だって、ちゃんとした写真じゃこんなことはやらんぞ。
秘書官 わたくし……気絶しそうです。
首相 だいたい、この大馬鹿者はともかく、なんで途中で誰も止めず、朝刊の1面になっちまっとるんだ!
まさか、ほかの新聞もこんなの載せてるんじゃあるまいな?
うわ、これもだ。
(新聞を次々に見る)
ぜんぶ載ってるじゃないか! スポーツ紙まで最終面に載せてやがる。いつも組閣写真なんて無視してるのに。
中村君、各社にすぐ抗議だ! まだ配ってない分はストップさせろ。
秘書官 わかりました。ただ、この時間ですともう、全部配られてるかも……。
(数時間後、秘書官が新聞社の回答を持ってやってくる)
秘書官 総理、各社から回答がきました。
まず太陽新聞ですけれども――閣僚全てが写真にちゃんと収まっていること、誰も目を閉じてないことなどは確認しておりますが、頭に指などという事態はよもや想像しておらず、うっかり見逃してしまいました、まことに申し訳ございませんとのことです。
他社もだいたい似たような回答です。
首相 うっかりだとぉ?
そんなわけあるか! 後ろの隅のほうの頭ならまだしも、一番前の、まんなかの頭だぞ。ここは内閣全体の、首だぞぉ。
「記憶にございません」という答弁みたいに、ぼけ方向なら、とがめられんと思っとるんだろ。
くそお、ぶら下がり取材のとき、いつも記者に冷たくしてるせいだな。しょうがないだろが。わしは失言癖があって心配なんだから。
秘書官 けさの朝刊はやはり、もう全て配達ずみですので、新聞社のほうから修正方法の提案がございまして――。
首相 何か手があるのか?
秘書官 あしたの朝刊に、指の形の真っ黒なシールを添付して、これを前日の組閣写真の上に貼ってくださいと、読者にお願いするというものなんですが。
首相 そんなもん律儀に貼って修正する読者がどこにいる! だいたいシールなんか添付したら、かえって赤丸特報するようなもんだろうが。
秘書官 たしかに――。
ええと、それでは、やや苦しいかもしれませんが、こんな説明をするのはどうでしょう? 撮影前に、総理が一瞬、椅子でうたた寝されたときに、指のごとく見える紙が頭の上にくっついてしまったと。
不注意な失敗ではあるが、けっして不祥事ではないという――。
首相 そんな説明が通用するはずないだろ。大童の腕が伸びてるのが、こうやって横に写っとるんだから。第一、やつのこの表情を見ろ!
野党が早々に、任命責任を追及するぞ。こんな大臣に政治がまかせられるかと――。その通りだ。どおしてくれる。
秘書官 総理、こうなってしまいますと、もはや一切、お怒りにならないほうがよいかも――。
首相 なんでだ?
秘書官 週刊誌が、「つの出して怒る」なんて見出し付けて報じるのが目に見えてます。漫画家なんか、大喜びでしょう。
日本中の記念写真で、つの出しが流行ったりすれば、流行語大賞まで行っちゃうかもしれません。
ここはできるかぎり、静かにやり過ごしたほうが。
首相 ひたすら、がまんか――。くそお、このまま夜寝たら、明日の朝には、怒りでほんとにつのが生えてきちゃうぞぉ。
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