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捕手こそ投手(その1)

アナウンサー 野球中継に新しい魅力を――PBSテレビでは、これまでいろいろ趣向をこらしたプロ野球放送をお届けしてきました。
 本日は、日ごろ精神的にも肉体的にも苦労しているにもかかわらず、注目されることが甚だ少ない、キャッチャーというポジションにスポットライトを当ててお伝えします。
 解説はおなじみ、ピッチャーご出身の投山さんと、キャッチャーご出身の捕谷さんです。よろしくお願いします。
投山 よろしくお願いします。
捕谷 よろしくお願いしまあす。(いつもより、声が張りきっている)
アナ 本日の放送では、ピッチャーの投球数だけでなく、キャッチャーの投球数も随時お知らせすることにいたします。
 また、テレビ画面の左下部分には、キャッチャーが投げたタマの球速や、ピッチャー胸元へのストライク率を表示しております。
投山 (よけいなことを……)
 これはけっして悪口で言うんじゃないんですけど、野球のゲームで、キャッチャーの投球にどれだけ重要性があるんですかねえ。捕球した球を、ただピッチャーへ返してるだけじゃないですか。
捕谷 お言葉ですが、投山さん。球はもともと、マウンドじゃなく審判のとこにあるわけですよ。
 それをキャッチャーが受け取って、ピッチャーへ送球する。ピッチャーがそれを、カーブとかフォークとか、いろんな工夫で「返球」してよこす。
 球が客席へ飛んじゃったりすると、これが最初からくり返される。起きているのはこれじゃないですか?
 野球というのは、キャッチャーの「投」から始まるスポーツなんですよ。
投山 あなた自分がキャッチャーだったからって、なにぜんぜん意味のないことにやたら注目してんですか。
 野球の華は、四つの塁の中心で、みんなより高いとこに立ってるピッチャーに決まってるでしょうがぁ。ぶつぶつ。
アナ まあまあ、しばしば夫婦に例えられる投手と捕手ですから、どうか仲良く。(だから今回の解説に、このコンビは危険だって言ったのになぁ)

(キャッチャー情報が画面スミにくわしく表示されつつ、回が進んでいく)

アナ あ、野々村監督、回の途中ではありますが、ここでキャッチャーを交替させるようです。
捕谷 キャッチャーの球数が、130球に達したからでしょう。大捕手だった野々村監督は、キャッチャーの疲労度が勝負を左右するという見方で、采配をふるう方ですからね。
投山 130球ったってあんた、みんな山なりの球じゃないですか! そんな投げ方で疲れてどうすんの。
捕谷 山なりであろうと、一球一球、ピッチャーと同じ距離を投げてるんですよ。盗塁を刺すときなんか、ピッチャーの2倍も長い距離を投げてんだから。
 しかもキャッチャーは、ピッチャーみたいに中6日の休みなんてなく、毎日連投してるんですよ。(シーズン中だってのに、週に休日が6日ってなんだよぉ! 唯一働く日だって、2時間くらいしか仕事してねえだろ)
投山 キャッチャーが毎日投げられるのは、それだけ仕事がラクチンだからなの!(ベンチにいても、グラウンドにいても、ずっと座って過ごしやがって。それでもスポーツマンかぁ? 特にあんたの場合は、しゃがみ方がヤンキー座りみたいで、昔から不愉快だったんだよ!)
捕谷 ピッチャーのわがままにつきあって、球種のサインをいちいち出し変えるのだって、1試合やるとけっこう指に負担なんですよ。
 投げる球数の何倍も、キャッチャーはそれをやってるわけです。
投山 フォークボール投げるのに比べたら、そんなの屁みたいなもんだよ!
捕谷 (切れる) 屁というのは、今さっき、ここであんたがブバッとしたやつだろがぁ! 三人こんなに身を寄せて解説してるってのに、何てことしやがる。
 気くばりや繊細さが必要なキャッチャーには、そんなことするやつはいねえぞ。
投山 屁くらいなんだ!(もう一発したろか。すぐ出るぞ)
アナ ええ……。(汗)
 本日は、かつての村山実さんと森祇晶さんの解説をちょっと思い起こさせるような、たいへん緊張感のある放送でお楽しみいただいております。

(放送が終盤に入ると、投山氏の声が聞かれなくなり、捕谷氏の、熱いワンマン解説になる。その点について特に説明はなされない)

(放送の終わりに、カメラが放送席の様子を映す。
 投山氏の椅子にはクマのぬいぐるみが置かれている。捕谷氏のくちびるがちょっと切れている。アナウンサーが、不自然なまでの笑顔を作っている)

(後日、この放送の視聴率が並外れて高く、時間と共にウナギのぼりだったことが知れる。番組を直接見ておらず、「捕手目線」のアイデアが受けたと判断するテレビ局上層部)

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