考える人 in ファミレス
(郊外の、やや客入りの寂しいファミレス。一人の男性客が、テーブルに座り、メニューを開いたまま、固まったようになっている)
店員A 9番のお客さん、注文呼びのボタン、なかなか押さないね。
私がさっき交替で入ったとき、もう居たみたいだけど。
店員B そうなのよ……ずっと気になってて。
A たかが1回の食事なのに、信じられないくらい長く迷う人って、いるよね。
B うん……。
(ちらりと客を見る) 携帯見たりしてグズグズしてるんじゃなくて、ほんとにずっとメニューを凝視して迷ってるんだよね。
A 近くを通っても、ピクリとも反応しないし。
いちおう1回、注文聞きに行ってみたら? 見るからに、まだ決まってないけどさ。
B ひたいにシワよせて、真剣に考えてるから、近づきがたいんだよね。
あの表情見てよ。
A たしかに。周りに、何かすごい苦悩のオーラが漂っているヮ。
そういえば席番も9番だし。
B アハハ。
A 私も、実は自分じゃ行きにくいと思ったんだ。(笑)
B 見てるのがメニューじゃなかったら、偉い哲学者なのかと思うよね。
A あとさ、ヒジをついた感じが、ロダンの「考える人」にも似てない?
B あ、似てる似てる。何となく見覚えがあると思ったら、あれに似ていたんだ。
A まあ、うちはめったに満席になる店じゃないし、コーヒー1杯でえんえんねばる人もいるから、放っておこうか。
でも、注文はしないけど、水は飲んでるみたいだね。ちょっと少ないような――
B いや、減ったとしたら、蒸発で減ったんだよ。もう、6時間くらいたつから。
A 6時間んん?
B トイレにも行かず、ずっとあのままなのよ。
A どれほど表情が恐いからって、6時間ほっとくあんたもあんただよ。
(ちらりと客のほうをふり返る)
ひょっとしてあれ、人間じゃなくて、人形か何かじゃないの? お客さんが置き忘れていった。
B ……。
A 6時間、ピクリともせずメニューを見てられる人間なんて、いないでしょ?
B じつは私も、あの人が席に座ったとこは見てないのよ。
水も、交替した××ちゃんが持っていったから。
A ははあ。もしかして、いたずら好きの店長が……。
B 私も、人形という気がしてきたな。
そうだ、そりゃそうよね。
まる6時間、ぜんぜん動かない人間なんてこの世に――
(チャイムが鳴り響く。
スタッフ用の席番ボードを見ると、9番が光っている)
二人 ひえええっ。
A き、き、9番……。
(ボードを見た形のまま、凝固してしまう二人)
A あんた、ふり向いて席を見る、勇気ある?
B いや……腰が抜けちゃって、動けない。
A 人間でも、人形でも、それ以外でも怖い……。
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