統合と分割
(とある衣料品メーカー。新しい商品を考案したがぜんぜん売れなかった責任者が、会社で先輩にそのことを嘆いている)
責 五本指ソックスの意外な売れ行きにヒントを得て、逆転の発想で、指分けがまったく無い手袋という、靴下みたいな形の手袋を作りましたが、まったく売れませんでしたねえ。
いまのところ全国で、九つしか売れてないみたいだ。
先輩 すごく不便だからだろ。(日本の人口は1億ちょっとなのに、よく九つも売れたと思うよ)
やっぱり、せめて親指くらいは本体から独立させなきゃだめだよ。あの手袋をしちゃうと、何かを持とうとしても、両手で挟むくらいしかできないんだから。
防寒具というより、猿ぐつわとか、そういう道具の仲間に入る物だろあれは。
責 形が単純で、安く作れるから、ヒットすれば儲かると思ったんだけどなあ……。
たとえば、サッカーをするときだったら、あの手袋をしても別に不便じゃないですよね?
冬のサッカーに最適なミニマル・ファッション手袋というコンセプトで、もう一度売り出してみましょうか? サッカーは女子のスポーツとしても人気が高まってるから――
先輩 いくらサッカー選手でも、90分間ピッチに立ってるうちには、手の親指をふつうに曲げたいときがあるだろ。
やっぱり、斬新な商品を出すなら、今までの商品にはこんな弱点があって、そこを解決しましたというアピールポイントが欲しいよ。
五本指ソックスは、ムレないとか、水虫が治りますとか、わかりやすい長所を持っているだろ?
責 たしかに。(足でジャンケンもできそうだしな)
先輩 それと、複雑な形をしてるものを単純にするんじゃなくて、五本指ソックスみたいに、むしろ形を複雑化したほうが新しい価値が生まれやすいんじゃないか?
責 なるほど、今までにない長所と、形の複雑化か……。
そうだ、それならば!
先輩 お、もう思いついたのか!(聞くのが不安だ)
責 ええ。手や足じゃなくて、頭のかぶせ物なんですが……。
えりのとこに、頭にかぶるフードが付いてる衣類がありますよね、スウェットとかコートとか。
先輩 ああ、ウチも商品を作ってるな。
責 あのフードの両側に、小袋を縫いつけて出っぱらして、耳をスポッとハメられるようにしたらどうでしょうか?
強風が吹いても、耳がハマッてるからフードが外れず、風邪をひきにくい防寒服ということで。
先輩 ……見た目は、かなり気持ち悪いな。
責 五本指ソックスも初めはそう言われたじゃないですか。慣れの問題だと思いますよ。
この耳出しフードの利点は他にもあります。
耳をピクピク動かせる人がいますが、そうした人は、フードで頭を覆っているにもかかわらず、耳を動かすところを隣の人に見せられるわけです。真冬の街を歩きながら。
先輩 見せてどうするんだ?
責 「ほら元気だよ」という感じですかね。私は動かせないのでよくわかりませんが。
先輩 ……。
責 そうだ! フードの外側に文字をびっしりプリントして、耳の袋だけそれを書かないで、斬新な「耳なし芳一ファッション」なんてどうでしょう?
たとえば「御意見無用」なんて字を、びっしり書くんですよ。指なし手袋より、ずっとヒットの可能性がありそうな――
先輩 うーん。うーん。(耳がポッコリ出ているフード以上に驚くべきことは、なぜこんな男がウチで商品開発の責任者をしてるのかということだな)
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