どっちも変
(閑静な住宅街。昼下がり、何やら大きなカバンを持った訪問販売の男が、とある家のインターフォンのボタンを押す。中から応答の声)
主婦 はい?
男 あ、今わたくし、どちらのご家庭でもお困りの問題のお助けをしております。
奥さん、ビンのフタが開けにくくて困ったことはありませんか?
主婦 ビンのフタ?
あ、それはまさにドンピシャというか……。
(モニターを確認し、玄関を開ける)
男 フタで、けっこうお悩みで?
主婦 ええ。困ったことに、うちの主人と子供たちが、ビンのフタをやたら固く締める性癖があるのよ。前にお義父さんに聞いたところでは、何でも、先祖代々の遺伝らしくて。
男 それは奥さんひとり、たいへんだ。
主婦 フタ開け用の、太いゴムの輪を巻いて回したりしてるんだけど、小さいフタだとダメでねえ。
それにこのまえ目撃して知ったんだけど、フタ開けゴムを台所に置いて以来、私以外の家族が、そのゴムを使ってフタを一生けんめい強く締めてるのよ。液もれ心配性で。
どのビンも、なかなかフタが開かないわけだヮ。
男 へえ。(こんなご家庭ばかりだと、商売繁盛なんだけどなぁ……)
それはさぞかし、お困りでしょう。
いいですか、ここがビンのフタ開けの、きわめて重要なポイントなんですが――。
フタが固くて開かない場合、ほとんどの方が、どこまでもフタを手で握って回そうとされるんですね。おっしゃるように、ゴムや布を巻いたりして。
そうじゃなく、フタの側は固定して、ビンのほうを手で回す。これがカギなんです。
主婦 ああ、そういう発想はなかったわね……。
男 ビンのほうなら、手のひら全面で握れるから、簡単に回せるわけです。
これは、すでに15世紀にコペルニクスが気づいていたアイデアと言われています。
主婦 へえ。地動説の人がそんなことも。
でも、ビンならたしかに握りやすいけど、フタは誰が押さえてくれるんですか?
男 フタのほうは、万力にがっちり挟めばいいじゃないですか。
主婦 万力? うちに万力なんてないわよ。
男 そうでしょう、そうでしょう。そこで本日お持ちしたのが、この完全プロ仕様の万力なんです。
(かばんのチャックを開け、重そうな大きな万力を取り出す)
男 この万力は、ダクタイル鋳鉄製で、非常に頑丈です。ゾウが踏んでも壊れません。
主婦 あなた、万力のセールスマンだったの。思いもよらない展開ねえ。
男 ははは。よくそう言われます。
この万力は、ビンのフタ開けだけじゃなく、日曜大工全般にたいへん便利に使えるんですよ。
主婦 こういうおっきな道具のセールスは、まずそっちから話を始めるのがふつうじゃないの? 話の順番がひっくり返っているような……。(それもやっぱり、コペルニクスさんの着想?)
男 まあ、もともと万能商品ですから、お話の入口はどこからでも――。
この万力を、台所のテーブルに取り付けておけば、どんなフタだってすぐ開けられます。
いま特別セールをしておりまして、通常価格1万2千円のところ、何と1台6千円です。キログラムあたりで言いますと、2百円です。大安売りの豚肉や牛肉よりも、ずっとお安い。
主婦 万力を、キロあたりの値段で言われても……。
1台6千円。
ふうん、6千円……。
(突然訪れた尋常でないセールスにもかかわらず、よほどふだんフタ開けに苦労しているのか、しばし真剣に購入を考えこむ)
男 (黙りこくった相手に、間がもたなくなり、ひとりでしゃべる)
「万力」って、そもそも、すごく頼りになりそうな名前ですよねえ。万は、数なのか量なのかわからないけど。
(間)
大きくても小さくてもみんな万力~♪(小声で歌う)
主婦 (1分ほどして) うーん、ちょっといいかと思ったけど、やっぱり買うのやめとくヮ。
男 6千円でも、まだお高いですか?
主婦 値段はまだしも……これを台所のテーブルに付けたりしたら、家族が喜んでこれでフタを固く締めそうだもの。
男 (ありゃ、やっかいなおうちだ)
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