Site title 1

境界をこえて

(喫茶店でおしゃべりしている、芸能オタクのAとB。
 芸能雑誌をぱらぱらめくっていたAが、とある歌手のデビューシングルの広告に目をとめる)

 男と女の境界を超えた男 美山かおる
 あやしい魅力で迫るデビューシングル「夜と朝のはざまに」
 カップリング曲「鍋と釜のあるキッチンで」

 いまさら、男と女のはざまなんていう売りはなあ。戦後だけでもそういうタイプのスター、1万人くらいいたんじゃないのかな?
 曲名も、どこかで聞いたことがある気がするし。
 1万はおおげさだけど、いまは一般人にもそういう人が大勢いて、ふつうになってきてるわけだしね。
 そうそう。受け手の側に、もはやそんな境界がないんだよ。
 このレコード会社、21世紀を生きてないなあ。インパクトを与えるなら、もっとぜんぜん違う形でなくちゃ。

(雑誌を再びめくる。別のシングルの広告のページで目が点になる)

 うわ、こっちはすげえ。

 人間とヒヒの境界を超えた男 非比山佐留蔵 衝撃のデビュー!
 デビューシングル「毛深いのにはわけがある」 Now on Sale!
 カップリング曲「ぼくは電車の運転手」

(極端なソフトフォーカスで、歌手の顔がはっきりしないCDジャケット。
 その下に大きな字で、「あなたは彼が、本当はどちらだかわかりますか?」と書いてある)

 この問いかけ、すごいよね。「男」ということは明確なのに、人間か猿かがはっきりしないということでしょ?
 カップリング曲の「ぼくは電車の運転手」というタイトルでも、そこがやはり、ぼかされているわけだ。
 こりゃあ、非比山佐留蔵の歌声をぜひとも聴きたくなるなあ。

(その正体のナゾとも相まって、佐留蔵のシングルは大ヒットする)

(数ヶ月後)

 非比山佐留蔵の人気、とんでもないことになってるね。
 シングル2枚めの「野蛮人のように燃えて」も、デビュー曲を超えるヒットだってさ。
 人気もすごいけど、もっとすごいのは、彼がいまだに人間なのか猿なのかわからないことだよ。テレビ番組なんかに、もろに出るようになったのに。
 私は、あの流し目の感じは、とても猿には思えないんだけど。
 この前の野外コンサートで、マイクがハウリングして驚いた時の「ウキキ」っていう反応は、猿のものだと思うぞ。
 声は、ほんとに人と猿の中間という感じなのよね。毛の生え方なんかも。

(新たに開拓された、このヒットの公式を、利用しようとする会社が現れないはずもない。
 露骨な便乗企画が続出する)

 人間とカバとの境界を超えた女 樺河馬子 戦慄の芸能界デビュー!
 シングル第一弾「口の大きさにはわけがある」 Now on Sale!
 カップリング曲「あたいの牙に噛まれてみたい?」

 売り出し方がそっくりパクリだあ。
 このCDにも、「あなたは彼女がどちらだかわかりますか?」って書いてあるけど……人間かカバか見分けられない歌手って、いったいどんな外観なのよ。
 歌っているときに、立ってるか四つん這いかで、もうわかるよな。
 カバに近い外観の女性歌手というと、口紅の量なんか、すごいんだろうなあ。化粧品会社のCMに出るといいかも。
 「ギターをつまびくコアラ少年・ケン」なんてのも、今度デビューするらしいぞ。
 もう、「かわいそうなのはこの子でござ~い」の世界だ。21世紀とはいえ、ぶっ飛びすぎてるぞお。

戻る