境界をこえて
(喫茶店でおしゃべりしている、芸能オタクのAとB。
芸能雑誌をぱらぱらめくっていたAが、とある歌手のデビューシングルの広告に目をとめる)
男と女の境界を超えた男 美山かおる
あやしい魅力で迫るデビューシングル「夜と朝のはざまに」
カップリング曲「鍋と釜のあるキッチンで」
A いまさら、男と女のはざまなんていう売りはなあ。戦後だけでもそういうタイプのスター、1万人くらいいたんじゃないのかな?
曲名も、どこかで聞いたことがある気がするし。
B 1万はおおげさだけど、いまは一般人にもそういう人が大勢いて、ふつうになってきてるわけだしね。
A そうそう。受け手の側に、もはやそんな境界がないんだよ。
このレコード会社、21世紀を生きてないなあ。インパクトを与えるなら、もっとぜんぜん違う形でなくちゃ。
(雑誌を再びめくる。別のシングルの広告のページで目が点になる)
A うわ、こっちはすげえ。
人間とヒヒの境界を超えた男 非比山佐留蔵 衝撃のデビュー!
デビューシングル「毛深いのにはわけがある」 Now on Sale!
カップリング曲「ぼくは電車の運転手」
(極端なソフトフォーカスで、歌手の顔がはっきりしないCDジャケット。
その下に大きな字で、「あなたは彼が、本当はどちらだかわかりますか?」と書いてある)
B この問いかけ、すごいよね。「男」ということは明確なのに、人間か猿かがはっきりしないということでしょ?
A カップリング曲の「ぼくは電車の運転手」というタイトルでも、そこがやはり、ぼかされているわけだ。
こりゃあ、非比山佐留蔵の歌声をぜひとも聴きたくなるなあ。
(その正体のナゾとも相まって、佐留蔵のシングルは大ヒットする)
(数ヶ月後)
A 非比山佐留蔵の人気、とんでもないことになってるね。
B シングル2枚めの「野蛮人のように燃えて」も、デビュー曲を超えるヒットだってさ。
A 人気もすごいけど、もっとすごいのは、彼がいまだに人間なのか猿なのかわからないことだよ。テレビ番組なんかに、もろに出るようになったのに。
B 私は、あの流し目の感じは、とても猿には思えないんだけど。
A この前の野外コンサートで、マイクがハウリングして驚いた時の「ウキキ」っていう反応は、猿のものだと思うぞ。
B 声は、ほんとに人と猿の中間という感じなのよね。毛の生え方なんかも。
(新たに開拓された、このヒットの公式を、利用しようとする会社が現れないはずもない。
露骨な便乗企画が続出する)
人間とカバとの境界を超えた女 樺河馬子 戦慄の芸能界デビュー!
シングル第一弾「口の大きさにはわけがある」 Now on Sale!
カップリング曲「あたいの牙に噛まれてみたい?」
A 売り出し方がそっくりパクリだあ。
B このCDにも、「あなたは彼女がどちらだかわかりますか?」って書いてあるけど……人間かカバか見分けられない歌手って、いったいどんな外観なのよ。
A 歌っているときに、立ってるか四つん這いかで、もうわかるよな。
B カバに近い外観の女性歌手というと、口紅の量なんか、すごいんだろうなあ。化粧品会社のCMに出るといいかも。
A 「ギターをつまびくコアラ少年・ケン」なんてのも、今度デビューするらしいぞ。
もう、「かわいそうなのはこの子でござ~い」の世界だ。21世紀とはいえ、ぶっ飛びすぎてるぞお。
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