ご隠居と車内マナー
(ご隠居と八つぁんが、ご隠居の家で世間話をしている。話題が、電車のなかでのマナーに)
ご隠居 このごろ、電車のなかで騒ぐ子供がいても、よその子を叱る人がいなくなったなぁ。
八つぁん たしかに。そういう光景はもうめったに見かけませんねえ。
ご これは悪い風潮だと思って、このまえ電車で、隣の席の子を叱ってやったんじゃ。
八 騒いでうるさかったんですか?
ご 特に悪いことはしてなかったが、叱る練習をしようと思って、勇気を出して叱ってみた。
気味悪そうに、遠くの席へ移っていったぞ。かわいそうなことをした。
八 あたりまえですよ。横のおじいさんが、突然わけもなく怒り出したら。(こういう人こそ誰か叱るべきだよ)
ご 世のなかは時に不条理だということを、早めに知っておいたほうがいいという、おじいさんとしての老婆心もあったんじゃ。
八 よく性別がわからない思いやりだ。
ご隠居のほうが、よっぽどマナーゼロですよ。
ご 何を言うか、ちゃんと怒るべきときに怒ったこともあるぞ。
八 はあ。(その区別がつくなら、最初からつけなさいよ)
ご 電車で、横に座ってる男が、電話を受けて、携帯でやかましくしゃべり始めたんじゃ。
八 ああ、車内で平気で電話に出ちゃう人、見かけますねえ。メールで済む場合が多いだろうに。
ご 急ぎの連絡がすんだらすぐ切るかと思ったら、とんでもない。延々と大声で世間話だ。
八 ふむ。
ご いつも温厚なわしだが、堪忍袋の緒が切れてな。
からだをよじって、そいつの目を見て言ってやった。
八 度胸ありますねぇ。
ご いいかげんにやめたらどうだ!
八 えらい、なかなかできないことです。
ご うるさくて、わしの電話がよく聞こえないじゃないか!
八 自分も電話してたんですか!
むちゃくちゃだな。ほんとにいい度胸だ。
ご つい、やっぱり便利なもんでな。そんなに長い時間ではないし……もぐもぐ(声がフェイドアウトしていく)
用事をふと思い出したんだけど、年を取ると、一瞬で忘れちゃうもんだから、すぐ電話して。
八 自分から電話かけたんですか? 隣の男よりよっぽど悪いや。
ご (急に元気に) しかし、わしが「いいかげんにしろ!」と注意したとき、前に立っていた女の子たちには、すごく受けておったぞ。
「素敵なおじいさん、よくぞ言ってくれた」という、共感のげらげら笑いじゃ。
八 それは、「誰が注意してんだい!」という笑いですよ。共感の笑いじゃありません。(この御仁に車内マナーを語る資格はまったくないなあ)
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