このままだと危ないのでぜひ
(ある街の献血ルームに、大柄な若い男と、母親らしき女が入ってくる)
女 こちら、1回にどのくらい献血できるんですか?
職員 あ、400mlまでです。初めての方ですか?
女 ええ。この子、どうも血の気が多くて困ってまして。
1リットルくらいって、無理ですか?
職員 無理です、そんな量は。
女 ここで抜かなくても、どうせしょっちゅうケンカで出血したり、変なもの見て鼻血出したりして出ちゃうんですから。
男 (うなずく)
女 それなら、人助けのために抜いてもらったほうが。
この子もケンカして怪我せずにすみますし、ケンカ相手だって怪我しませんし。
何て言いましたっけ? 大山越前の三方一両得……?
職員 お気持ちはありがたいんですが、規則で400mlまでです。
女 400mlで効くかなあ?
男 (赤ら顔で首をかしげる)
女 あそこに「成分献血」って書いてありますけど、血の中から、すぐカアッとなる成分だけたくさん抜いてもらうことはできません?
職員 今の技術ではそういうことは……。そんな成分だけをいただいても、あと使えませんし。
女 いくじが無くて困ってる人に入れてあげればいいじゃないですか。喜ばれると思うけど。
職員 うちはそういう業務はしていないんですよ。
うち以外のとこもしてませんが。
女 そうですか……。
じゃあ、400mlでもやってもらう?
男 (うなずく)
(15分ほどのち。男が献血を終えて出てくる)
女 どうだった?
男 (表情が明らかに温和になっている) 献血が終わったら、気持ちがすごく穏やかになったよ。これなら、街で毎日ケンカをやらかさなくて済みそうだ。
女 あらそう、よかった。
やっぱり「血の気が多い」っていう言い方、ほんとなのね。昔の人はたいしたもんだヮ。
(職員のところへ行く)
女 次回の献血は、3ヶ月あけてって言われたんですけど、1ヶ月後くらいに、こっそりまたやってもらえません?
職員 できません、そんなこと。
女 別の献血ルームへ、知らん顔して行けば大丈夫ですか?
職員 だめですよ。ちゃんと中央のコンピュータに記録されますから。
女 そしたら、今日やった献血を、記録し忘れていただけませんか? 人助けだと思って。
献血ルームって、人助けするとこでしょ?
職員 できませんよ!
女 別に、もらう話じゃなく、あげる話なのに……。(ぶつぶつ)
(温和な表情の男と、少し気が立った母親が帰っていく)
(数週間後。テレビのニュース)
アナウンサー 公的機関のコンピュータへの、ハッカー侵入事件が相次いでいますが、また新たな事件が起きました。
×××に住む18歳の男子高校生が、日本赤十字社のサーバーに侵入し、自らの献血履歴を消していたことが判明しました。本人の履歴以外の情報の改ざん、漏洩などはない模様です。
この少年は調べに対し、緻密なハッキング行為にもかかわらず、血の気が多くてついやってしまったと語っており、わけがわからないため、警察と赤十字はくわしい動機を調べています。
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