何か食べさせてください
(農村の、とある家。夜ふけに、力なく玄関のドアをたたく音)
おじいさん こんな時間に何だろう。
(ドアののぞき窓からのぞく。家の前に男が倒れている。
おじいさん、ドアを開ける)
おじいさん あ、あなた、どうしたんです。こんなにやせ細って、息たえだえで……。
男 実は……実は……悪党たちに監禁され……隙を見て逃げてきたのです。
もうかれこれ3日、天井から漏れる雨水しか口に入れておらず、小腹がすいてなりません。
おじいさん 小腹がすいて……。3日食べてない極限状態にあって、なんとひかえめな言い方だ。
よぅし、もう大丈夫ですよ。
(外の様子をうかがいつつ、男を家に運び入れる)
おじいさん ヨネ子、ヨネ子。空腹で、今にも死にそうな人だよ。
おばあさん あらまあ。
おじいさん 台所にご飯が残っていたよな。食べさせてあげよう。
(台所までかつぎこむ)
男 助けていただいて、こんな状況で、ご飯についてお願いするのも何ですが……。
おじいさん あ、おカユみたいにドロドロにしたほうがいいかい?
男 おコメはぜひともコシヒカリ。
おじいさん …………。
おばあさん いちおう、コシヒカリですよ。魚沼産とかじゃないけど。
男 どうもすいません、ヨネ子さん。
おばあさん 少し温めた方がいいの?
男 いえ、とてもじゃないが、待てません。
ああ、小腹が、小腹が……。
おばあさん (急いで、茶わんにご飯をよそおうとする)
男 (息たえだえの目で見る) あ、すいません、茶わんのフチに少し黒い汚れが。
おばあさん あ、そう? 年で、ちょっと目が悪くてねえ。
男 お手数ですが、もういちど茶わんを洗ってください、洗剤で。
万が一、汚れのせいで重大な病気になったらたいへんです。
おばあさん はいはい。
男 ちなみに、ご飯を炊いたとき、お水はちゃんときれいでしたか?
おばあさん きれいだったと思うけど……。
おじいさん (そんなに汚れがイヤなら、雨水飲むなよ)
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