なぞのスター
(インターネットの、商品販売サイト。各商品には、新品価格とともに、中古品の売り手たちの提示価格も出ている。
ある男が、そのサイトで小さなホットカーペットを買おうとしている。ちょうどいいサイズの商品が見つかるが、新品/中古価格を見て、いぶかしげな顔になる)
男 新品より、最安の中古品のほうが100円高くなってるぞぉ。
カーペットなんて人が直に触るから、中古価格はふつうだいぶ安くなるだろ。新品が値下がりして逆転しちゃったんだろか?
(中古品のページを開いてみる。出品者は一人だけ。出品者コメントが書かれている)
コメント プレスリー、レディ・ガガといった大スターが使った物品は、中古であっても、元より価値が高くなるものであります。
スターであるわたくし、屋根瓦一郎が使用したカーペットということで、このように新品より値段が高くなっております。
品物に、私のサイン色紙も付けてほしい方は、プラス200円すれば嬉しいゲット(^_^)
男 屋根瓦一郎? ちらりとも聞いたことのない名前だなぁ。鬼瓦ゴンゾウなら、どっかで聞いたことあるけど。
えらく、おめでたい人だなぁ。
プレスリーとレディ・ガガというスター名のチョイスも、あいだがやたら抜けてて変だよ。
しかし、大スターが使った物なら元の何十倍の値段になるのに、100円しか高くしていない価格設定に、冷静な自己評価の目も感じるなあ。
自分が使ったんだから高くて当然という傲慢さと、わずかしか高くしない謙虚さが、奇妙に同居している……。そうそういない人物だ。
(ほんの100円安いだけの新品が、急に無個性でつまらぬ物に思えてくる)
男 カーペットはこの製品でいいんだし、何だかおもしろいから、この屋根瓦一郎から買ってみよう。
せっかくだから、色紙も頼もう。
(数日後、カーペットが宅配便で届く。ちゃんとサイン色紙も入っている。
いかにもサインを書き慣れた、絵のような字で、「輝くスタア 屋根瓦一郎」と書いてある。どんなスタアなのかは書いてない。
電源を入れると、カーペットはちゃんとあったまる)
男 少し前までこの上に、えたいの知れぬ屋根瓦一郎が座っていたのだと思うと、ふしぎな気持ちだ。
(カーペットの表面に、黒い小さなシミがあるのが目にとまる。鼻を近づけ、においをかいでみる)
男 醤油……だなこれは。単純に。
屋根瓦一郎とちがって、正体不明じゃあない。
さしみでも食べたんだろ。
(座り直して、カーペットの表面をなでる)
男 やねがわら・いちろう――。
どんな世界の、どのくらいのスターなのか。
何歳くらいの人なのか。(さすがに、男だろな)
どんな外見をしてるのか……。
いつの日か、知りたいものだなあ。(ぬくぬく)
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