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あなたに、抱かれて

(パパが、何か巨大なものを引きずりながら階段を上がり、2階の健太くんの部屋にやってくる)

パパ おい健太、誕生日のプレゼント、買ってきたぞ。
健太 うわ、ありがとう。
 でっかいなぁ。これ何?
パパ 今年のプレゼントは、抱き枕だ。健太は、さびしがりやだからな。
健太 何の抱き枕?
パパ 開けてみなさい。

(端から包装紙をバリバリとやぶる)

健太 あ、フライドチキンのおじさんだ。
パパ そうだよ、カーネルサンダースの抱き枕だよ。ちゃんと実寸だぞぉ。
 健太、ケンタッキーのチキン大好きだろ。
健太 このおじさん、いつも下から見上げてるから、一瞬わからなかったよ。(頭のてっぺん、こんな感じなのか)
パパ 抱き枕を、ずらりと並べて売ってる大きなお店が銀座にあるんだ。
 このマクラのとなりには、ジャイアント馬場の抱き枕があってね。おまえは今どきの子に珍しく、大のプロレスファンだから、どっちにしようか迷ったんだけど――。
健太 ジャイアント馬場のマクラもよかったなあ。馬場って、どのくらいおっきかったのか、ぜんぜん知らないし。
パパ マクラが、太いぶんには問題ないんだが、身長が2メートル9センチもあると、助手席を倒しても車に入りきらんと思って、こっちにしたんだ。
 窓から大きさ十六文の足を2本出して走るわけにいかないだろ。顔のほうを出して走るのは、もっと問題がありそうだしね。(驚いて、ハンドルを切りそこねる人がいるかもしれん)
健太 長かったら、二つ折りにすればよかったのに。
パパ ジャイアント馬場を二つにたたむなんてことができるのは、師匠の力道山くらいだよ。
 だいたい、小さい子が、2メートル以上あるマクラにしがみついて寝てたら、なんか、セミみたいだからなあ。

(健太がマクラを両手で抱える)

健太 うわぁ、マシュマロみたいにやわらかい!
パパ そうなんだ。馬場さんの抱き枕も、マシュマロみたいだったよ。
健太 ジャイアント馬場だったら、ベッドの上でプロレスごっこがやれたのに。
パパ このおじさんとだってできるじゃないか。
健太 白ヒゲでこんなにニコニコしてたら、はりあいがないよ。
パパ 馬場さんのマクラも、思いきり笑顔だったよ。
 いいかい健太。これは、ただの抱き枕じゃないんだ。このおじさんの、鼻の頭をちょっと押してごらん。
健太 (鼻を押す)
 あ、口から音楽が!

 ♪ ……

パパ これは、「懐かしいケンタッキーの我が家」っていうんだ。コマーシャルで聞いたことあるだろ? いま80歳になる、この方のお孫さんが歌ってるんだそうだ。
健太 聞いてると、自然に眠れそうでいいね。
パパ そうだろ? 馬場さんのほうの音楽は、全日本プロレスのテーマ曲、「王者の魂」だったんだ。
 お前、そんなの知らないだろうし、夜中にまちがって鼻を押して、勇壮なあれが鳴り響いたらえらいことだから、それもあってやめたんだ。
健太 ほかには、どんな抱き枕を売ってたの?
パパ ええと……デーモン閣下の抱き枕なんてのもあったな。
 ヒタイに、「お前も抱き枕にしてやろうか」って書いてあったよ。
健太 あのメイクに顔を近づけて寝たら、こわい夢見そうだなあ。
パパ ためしに鼻を押したら、ひたすらあの、「フハハハハハハ」という悪魔の笑い声だったねぇ。
 ぐっすり寝てるときに押したら、タイミング次第では心臓が止まるかもしれん。
健太 男ばっかりだったの?
パパ いや、女もあったよ。十二ひとえを来た女の人のマクラがあって、「抱き枕の、草子さん」って書いてあったよ。
健太 なんか、ドンキホーテで売ってるジョーク・グッズみたいだなぁ。(それ、口で言ったんじゃ意味が通じないと思うよ)
パパ 店の人に、一番長いマクラはジャイアント馬場ですかって聞いたら、驚いたことに、さらに長いやつがあったんだ。体長2メートル半もある、キハダマグロの抱き枕でね。
 幅もすごいから、あれをベッドに置いたら、人間はどこか別のとこで寝るしかないな。
健太 2メートル半かぁ……フトンやベッドよりも大きい抱きマクラってすごいね。
パパ
 そのマクラのための、巨大なフトンも横で売ってたみたいだ。
 広い日本間なら置けるだろうけど、子供があのマクラを毎日抱いて寝たら、たぶんふつうの大人にはならないな。
 ちなみに、マクラ・キャラクターのなかで一番の年上は、デーモン閣下で、その次が亀だったよ。「鶴は千年、亀は万年、閣下は10万年」という言葉を覚えておきなさい。(閣下と、ふつうの人間との間の子どもは、何年くらい生きるんだろ?)
健太 そのお店、何でもあるんだね。こんど行ってみたいな。
パパ そうだね。見かけないものといったら、お客さんくらいだったよ。

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