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ホタルにあこがれて

男A 「月刊 先端研究」の者です。本日はよろしくお願いいたします。
男B よくいらっしゃいました。
男A こちらにうかがうのは初めてなんですが、「務駅奈発明研究所」という名称をお聞きしたときは、いったい何をなさってるんだろうと思いましたよ。
男B そうでしょうね。務駅奈といいますのは、この研究所を創設した所長の名前なんです。
男A 珍しいお名前ですねえ。
男B 先祖が中国から、紀元前に渡ってきたという話を、ちらりと聞いたことがあります。
男A そうなんですか。(まさか、途中の時代、ずっとこの名前じゃないんだろなぁ)
 こちらではいろいろ、驚くべき研究をされてるとうかがって来たんですけど。
男B そうですか。たしかに、びっくりされて帰る方がいますね。

(ソファへ導く)

男B それではまず、当所の紹介パンフレットをご覧ください。

(パンフレットをテーブルに広げる)

男B 最初のこれは、当所が重点を置いている特別プロジェクトでして、すでにかなり、良い成果が得られているものです。
 これは「人類ホタル化計画」と言いまして、人間のお尻を光るようにしようという研究なんです。
男A 人類ホタル化計画……ですか?
男B ええ、ホタルには有って、人類には無い能力を補完しようというものでして――。
男A ……このホタル化の成果が、もうかなり出ちゃってるんですか?
男B ええ。

(近くのデスクへ行って、小瓶を持ってくる)

男B この液体をご覧ください。これは、ホタルのからだを徹底的に研究した末、開発された経口薬で、「ホタルヒカリン」といいます。
 これを1週間ほど、服用し続けますと、お尻の表面がホタルそっくりに変化します。
男A ……1週間で、お尻がホタルそっくりに?
 それは、飲み続けるのに、かなり度胸がいる薬ですねえ。
男B 実際はまだ、マウスなど動物で実験してる段階でして、人間は飲んでませんけどね。今のところ、効きめの持続時間も短くて、1ヶ月も経つと元の状態に戻っちゃうんですよ。
男A ああ、そうですか。
男B これまでの動物実験で、変な副作用はまったくないことが確認されてます。
男A (お尻が光ること自体が、変な作用じゃないのかな? だいたい、たとえ完璧に無害でも、こんなの厚生労働省が許可するんだろか)
 この薬を服用した動物のお尻は、みんな実際に光ったんでしょうか?
男B ええ。
 あ、ちょうどあそこに見本がいますよ。廊下を歩いてる、あの猫をご覧ください。

(うろうろしている猫のお尻が光っている)

男A あ、ほんとだ。(迷惑だろうなあ)
 突然、自分のお尻が光り出して、あの猫、びっくりしてませんでした?
男B 初めは驚いて、寝っ転がって、猫背になってながめたりしてましたが、すぐ慣れたみたいですよ。
男A ああいうの見て、動物虐待だなんて怒る人はいませんか?
男B 単にお尻が光ってる状態を、ヒドイなんて言ったら、逆にホタルが怒って来るじゃないですか。
男A はあ。
男B むしろ生き物に、後光が差すようになるといった変化ですよね。
男A (後光? せいぜい下光かなあ)
 ええと、この御研究の、そもそもの目的をうかがいたいんですけど――。人のお尻がホタルみたいに光ると、どんないいことがあるんでしょうか?
男B たとえば、明かりのないとこで、本を読むことができます。
男A 本ねえ――。いったいどんな姿勢で読むんだろ?
男B 五、六人で輪になって、お互い前の人のお尻の光で読むようにすると、姿勢としては楽かもしれませんね。
男A …………。
男B 蛍雪の功という言葉がありますでしょ。昔の中国の人が、蛍の光や、雪あかりで苦学したという――。
男A ああ、「蛍の光」の歌の元になったやつですね。
男B そんな苦労は、もはや過去のものになります。
男A とっくに、なってる気もしますけど……。
男B ホタル化したお尻で照明して、これがホントの蛍光灯――なんちゃってええ。(顔がピクピクする)
 すいません。これは、所長がすごく気に入ってまして、来られたお客さん全員に言えと命じられてるんです。言い忘れると減給でして――。
男A (すごいところだなここは)
男B それはともかく、ものが読めるだけじゃありませんよ。暗い夜道で、うっかり物を落としたときなんかも便利です。ぱっとズボンを下ろせば、すぐに見つけられます。
 股の下から後ろをのぞいてですね、こんなふうに照らす方向を変えれば――。

(中腰になって、サーチライトのように腰を回してみせる)

男A (暗い夜道で尻を出してそんなことしてたら、確実に通報されるだろ)
男B あるいは、全世界の家で、お風呂場の照明が不要になる可能性があります。
 夜中に、家の離れの便所へ行くときなんかも、向こうで恐い思いをしなくてすみます。
 おばけだって、お尻がピカピカ光ってる人間のとこなんか、こりゃあ、俺たちの管轄じゃねえなって、出てこないですよきっと。
男A (離れの便所? ここの人、ほんとに何時の時代を生きてるんだろうなあ?
 この研究自体が、先端というよりは、離れに存在してるだろ。
 なるほど――名は体を表すというが、研究所名の意味が、いましみじみわかってきたぞ)

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