級友への提案
(とある高校のクラス。2時間目の授業がおわった休み時間。一人の男子生徒が黒板の前へ出て、皆の顔を見て話しかける)
熱井 教室のみんな、聞いてくれ!
生徒たち 何だなんだ?
(がやがや)
熱井かァ。
熱井 ひとつ提案があるんだ。
これから、僕らがこの教室でしゃべるとき、言葉の最後に、いつも「だぴい」を付けることにしないか?
生徒たち ???
生徒A 「だぴい」だぁ?
生徒B なんで、そんな面倒なことすんだよ?
熱井 このクラスの生徒がひとつの仲間だということを、言葉を発するたびに確認するためじゃないか! 言葉づかいが同じ者同士には、自然に連帯感が出てくるもんだ。
生徒C なによ、それぇ。
生徒D おまえ、むかしの青春映画か何かにハマっちゃったんじゃないの?
熱井 何いってんだ、いまの時代だからこそ、こういうことは大切なんだろ!
生徒E だけど、最後に付ける言葉は、なんで「だぴい」なんだよ?
熱井 理由なんてあるもんか。理由だとか、経済的利益だとかと関係ないことに、みんなが心を一つにするところに意味があるんじゃないかあ!
(クラス中で、ざわめきと相談の声)
生徒F 熱井が、今日は、いつも以上に熱いな。
生徒G あいつには、何だかいつも動かされちゃうんだよな。
生徒A まあ、この休み時間だけなら、遊びでつきあってやってもいいけどな。
生徒B あくまで、しゃれでな。
生徒H あとでなんかおごってよぉ。
熱井 ようし、千里の道も一歩からと言う。まず、この休み時間だけやってみよう。
生徒I (こんなの、千里もやるつもりなのかよ)
熱井 (振り返って、黒板の横の時計を見る)
それじゃ、あの時計の秒針が、12のところまで来たらスタートだ!
(時計に目をやる生徒たち。
ふたたび雑談に戻るが、いくぶん緊張感が漂う。
下を向いて、口の中で何か練習しているらしい生徒がいる。
仁王のごとき表情で、じっと時計をにらむ熱井)
(秒針が12に近づくと、クラス全員の目が時計に集まる)
(秒針が12に達する)
熱井 さあ、いよいよ始まっただぴい!
(教室が静まる)
(無言でお互いをちらちら見ている生徒たち)
熱井 あれぇ、なんでみんな、急に無口になるんだぴい?
(一人の生徒が何か言おうとするが、思いとどまる)
(……)
熱井 なぜだれも、しゃべらないんだぴい!
(……)
(隣の教室から、ふざけあう生徒の声がかすかに聞こえてくる)
(……)
熱井 みんな、まるで、蟹を食べてるときみたいに無口だぴい。
(……)
(ゴホゴホと咳をした生徒が、これは言葉と違うからなという顔で周りを見る)
(……)
(外から、チチチチという鳥の声)
熱井 (沈黙に耐えられなくなり、すぐ前の生徒の肩を持ってゆさぶる)
おい内木ぃ、なぜだ、なぜ一言もしゃべらないんだぴい!
内木 ……。(目を下にそらす)
熱井 誰もしゃべらないんじゃあ、まったく意味がないだぴい!
内木 …………。(すがるように横の生徒に目をやる)
熱井 (涙をにじませながら、激しくゆさぶる) 内木ぃ、なぜ全然しゃべらないんだぴい。
答えてくれだぴい!
答えてくれだぴい!
内木 (小声で) だって、思ったより恥ずかしいから…………だぴい。
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